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わたしはアイドルにも歌手にも声優にもなりません 3

     3


湯本ゆもとありささん」

「はい、箱根湯本の湯本に、ひらがな3文字でありさです」

 飛び込みでやってきたアイドル志望の女の子は、自分のことをそう紹介した。手元に置いてある履歴書を見ると、19歳。若いなあ。って口に出したらお兄さんたちから睨まれそうだから心の中で羨んでおく。

「うちの所属アイドル志望で良いのかな?」

「はい!」

 すっかり元気になった湯本さんはハキハキと答えた。

「それじゃあ湯本さん。この小豆野が面接官をやるから、よろしくな」

「はい?」

 さらっとそう紹介されて、わたしは狐につままれたかのようになる。

「ちょっと待っててね、湯本さん」

 我に帰って、湯本さんに貼り付けた笑顔を振り撒いた後、社長を給湯スペースに引き摺り込んで、壁に思い切り掌をぶつける。

「か、壁ドンは男から女にやるもんじゃ」

「そんな固定概念クソ喰らえ!」

 相手が社長だと言うのに怒鳴りつけた。

「わたしが面接官? 初耳もいいところですよ!」

「いや、言っていないからね」

「そりゃそーだ!」

 いきなり何を言い出すかっていうんですよこの社長は。

「この事務所はアイドル嫌いのスタッフに面接を任せるんですか! 週刊誌にリークしますよ」

「オータム砲はやめてくれ」

「音声付きで流しますから」

 どすの利いた声で脅すと社長は苦笑いを浮かべる。


「なんでうちを選んだんですか?」

「はい、私、小豆野路ちゃんのファンで。あっ、ちゃんじゃなくて路さん」


 ……ああそっか。


 姉の名前が出てきた瞬間、彼女に対する興味が急速に失われていった。やめたいと思っているんだけど、どうしても出てきてしまう癖。

「でもでも、それよりもなぎさちゃんの大ファンなんです!」

 恥を忍んででも次以降の質問を社長から振ってもらおうと考えていたら、なぎさちゃんの名前が出てきて、興味が急速にこっちに戻ってきた。

「な、なぎさちゃん?」

「はい! 樋渡なぎさちゃん! 奥田プロの新鋭です」

 うちの新人アイドルの名前が出てきて、わたしはまた化けて出てきた狐につままれる。

「……どこで見たの? 彼女のこと」

「あけぼの商店街感謝祭のステージです! あそこでMCやってたなぎさちゃんにハマっちゃいまして」

 デビューからそんなに経っていないなぎさちゃんの、しかも本当に初期の方のイベントのことを持ち出してくるなんて、この子何者だ。

 さらに話を聞いていくと、とっかかりはお姉ちゃんだったけれど、それから尾根ちゃんにハマり、たまたま出会ったなぎさちゃんのステージで完璧にやられるという、典型的な沼に足を取られたパターンだった。

「どうしてアイドルになりたいの?」

 わたしのありきたりな質問に湯本さんは澱むことなく口を開いた。

「わたしが輝きたいのと」

 彼女は一息置いて、今日一番の声ではっきりと口にした。


「そうすることによって輝くんですよ、路ちゃんも」


 笑んだ彼女に、わたしは思わず吹き出した。

「ど、どうしたんですか」

「ごめんね、別に可笑しかったからってわけじゃなくて」


 ――面白かったから。


 それは嘲笑の意味じゃなくて、ワクワクするという意味で。


 みんなの憧れの象徴である小豆野路を目指してアイドルになる人は多分たくさんいる。


『わたしはアイドルにも歌手にも声優にもなりません』『でも』


 きっとこんな風に言うのは、こんな風に考えるだろう人は、


『わたしが輝き続ければ、お姉ちゃんも輝き続けますから』


 きっとわたし以外にいないと思っていたから。


「調子はどうだい」

「よし、採用!」

「え、社長じゃなくて瑞ちゃんが言うの」

「社長も採用でいいですよね?」

「ああもちろん」

「以心伝心してる!」

「……いいんですか?」

「もちろんですとも」

「合格だ」

「ありがとうございます!」

 様子を見にきた社長と瑛人さんの前で採用を告げると、湯本さんは腰が折れそうなくらいに思い切り頭を下げた。

「……基準がわからないなあ」

 瑛人さんは心底不思議そうに、そうつぶやいていた。


 じゃあちょっと詳しい話を、と湯本さんは社長と二人、応接室へと消えていった。

「なんで採用にしたの」

 小声で聞いてきた瑛人さんに、わたしは何の気なしに答える。詳しい話はちょっと恥ずかしいので伏せておくけれど。

「ひらがな3文字で『まるまるさ』になると思ったから。それでユニット組ませたいんです!」

 妙案とばかりに社長のところに持っていったら、即決だった。


 新ユニット名は、まるまるさ。


 アイドル嫌いが雇ったアイドルの卵は、この世界に何をもたらすのだろう。


 胸が高鳴る音はお姉ちゃんに聞こえているだろうか。

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