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わたしはアイドルにも歌手にも声優にもなりません 2

     2


 OKUDAプロダクション。

 奥田紀美おくだ きみ社長が率いるこのアイドルプロダクションは、正直そんなに大きなところじゃない。というかぶっちゃけ小さい。社員が社長含めて4人しかいないんだから。肝心のアイドルだって2人しかいないし。でもそれ以上増やされるとわたしたちが困るからそれで良い。

 わたしのお姉ちゃんーー小豆野路が所属していた時代も、所属アイドルはたったの3人。マネジメントに自信がないわけじゃないけれど、あまり多すぎても自由にできなくなるとの社長の方針で。少数精鋭なのだ。

 お姉ちゃんがあのまま成功し続けていれば、もっと規模は大きくなったのかなあ、なんてたらればを考えてしまう。けれど、社長ならお姉ちゃんがあのままもっとのしあがっても、そうしなかったとは思う。

 そんな奥田社長は、社長席に座って紅茶を嗜んでいる。社長室とか設けない人だから、普通にオフィスの中で社員とアイドルの中に溶け込んでいる。

みず

「はい」

「今日もアイドルは嫌いか?」

「もちろんです」

「よし、今日もよろしく」

 まるで確認のようなやりとりをして、わたしは目の前のレシートに向き合った。今日の夕ご飯は高級エビチリだと考えると、胸が躍った。

 今のやりとりは、朝礼の後のルーティンみたいなものだった。アイドルが嫌いなわたしの、その心を確認するための。アイドルプロダクションにいる人みんながアイドル好きかっていえば、わたしが否定する。

 何を隠そう。


 ――わたしは、アイドルが嫌いなのだ。


 エビチリの次は麻婆豆腐かなあ、って考えていたら電話が鳴って、固定電話の受話器を取った。

「はい、OKUDAプロダクションの小豆野です」

 電話口から聞こえてきたのは奥田社長とは対照的な高い声だった。ちなみに女性じゃなくて男性だ。

『瑞ちゃんお疲れー、第七印刷の小松です』

「お疲れ様です!」

 いつもお世話になっている印刷所の主任さんからの電話で、かしこまりモードが少し和らいだ。多少砕けてもいい取引先相手だとわかっているからの所作だ。

『今日は尾根ちゃん1日ロケで話し相手もいないんでしょ、だから電話しました』

「そーなんですよ、なぎさちゃんもお休みだし」

『あら、アイドル事務所なのにアイドルがいないなんて』

「たまにはそんな日があったっていいと思います」

『それもそうね。あ、たまにはお局っぽく振る舞って男子たちを困らせてやったら? あら、でもそれっていつもと変わらない』

「……切りますよ?」

『まあまあ。電話を切っても荷物はそっちに届くから』

「じゃあ例のアレが出来上がったってことですか」

『ご名答。今日の午前中に届くから受けとってくださいな』

「わーい、今年も楽しみだったんですよ」

 その後少し雑談を交わした後、電話を切った。わたしは両手を口の前でメガホンのように組んで、オフィスで作業している男子2人に向かって叫んだ。

「午前中に第七から荷物届きまーす! 名鑑です!」

「おっ、今年も無事に出来上がったな」

「第七さん、今頃みんなグロッキーだろうなあ」

「わたしが居ない場合は誰か受け取りお願いします」

「オッケー」

 瑛人さんが軽快に返事をしてくれた。

 アイドル名鑑。この業界の必須アイテムであり、アイドルの顔写真やプロフィールが網羅されている。よく書店でサッカーや野球の選手名感が出ているけれど、あれに似たものだ。ただ違うのは一般流通しないことくらい。完全に業界人に特化したやつで、毎年この6月くらいに東京第七印刷さんが刷っていろんなところに配布芸をしている。

「今年の特別お題なんだっけ?」

「えーっと『好きな野菜は?』でした」

「俺はカボチャだなあ」

「僕はスイカかな」

「わたしはパクチー」

「パクチーは焼かれるべし」

「美味しいじゃないですかあ。というか、スイカって野菜なんです?」

「瓜の仲間だし」

 毎年取材内容も違っていて、基本の質問に加えて、毎年違うテーマの質問があったりもする。去年は『好きな和菓子』だったかなあ、確か。ちなみにわたしはきんつばです。

「ん、うちの2人はー、おっと、見てからのお楽しみだな」

 社長は2人の回答を想像しているのか、笑みを浮かべていた。取材に立ち会ったわたしは答えを知っているのだけれど、社長は毎年名鑑を見て初めて知る。本来だったら通さなきゃいけないんだけど、そこは『ワクワク感があった方がいいから』という理由で決裁を免れている。やばいこと言ってたらわたしが止めるって信じてくれてのこと。

「よし、じゃあ荷物来るまで仕事しますかー」

 アイドル名鑑に高級飲茶が待っている。今日はなんていい日だろう、と考えていたら、また電話が鳴った。今度は机の上に置いてあった社用スマホからだった。登録していない番号からだったので首を傾げつつ、ふいっと液晶をスライドさせる。

「はい、OKUDAプロダクションの小豆野です」

 ちょっとかしこまりモードを強めて気を張った言葉の調子で言うと、

「あの、OKUDAプロってかめやまビルの3Fにあるところですよね」

 か細く、でも電話が聞こえないことはない、というような女の子の声が聞こえてきた。

「はい、確かにそこはうちですけど」

「……これから伺ってもいいですか……?」

 何をおっしゃいますか、と言うかあなたは誰ですか。

「えーと、マスコミの方?」

 そもそもマスコミの人がこの番号を知っているわけないんだけど。社用スマホの番号は基本的に会社に深く関わり合う人にしか教えてないし。

「いえ、そんな、そんなんじゃないです」

「じゃあ一体」

「とにかく、これから、行きます」

「あ、ちょっと」

 プツリと電話が切れた。わたしも若干キレて、スマホを応接スペースのソファーに投げつけるように置いた。何事だと言うふうに男子2人が寄ってくる。

「どしたの、オレオレ詐欺?」

「瑛人さんそれもはや死語ですよー」 

 死語の方がわかりやすかったりするんだけども。

「知らない女の子からで、今から行ってもいいですかって」

「そんな彼氏の家じゃないんだから」

「うーん、今は新規アイドルの募集もかけてないしなあ。飛び込みの営業か何かかなあ」

「でも社用ですよ? 誰これ構わず番号知らないですし」

「営業の奴らはいろんなルートで電話番号仕入れて来るからわからないよ」

 確かに私用社用関係なく、たまに全く知らない番号からスマホ宛にかかってくることがある。あなたたちに番号教えた覚えないよ、どっから仕入れてきたの、ってことは多々ある。けど結構厳重に管理してるはずなんだけどなあ。

 んー、と考えていると、程なくして、ドアをコンコンとノックする音が聞こえて振り向いた。曇りガラスの向こうに人影が動くのが見えた。

「ほんとに来た」

「てか早い、どっから電話してたんだろう」

「……ごめんください」

「あ、はいはい今出まーす! って、あ」

 ガラスの向こうからの声に条件反射的にそう答えてしまったものだから、居留守も使えなくなってしまった。観念することにしてドアを開けたらその向こうには、

「こんにちは」

 水色のワンピースを来た女の子が立っていた。身長はわたしと同じ155センチくらい。でも白いヒールを履いているからもうちょっと小さいかもしれない。

「えっと」

 わたしが次の言葉を紡ぐ前に、目の前の彼女はワンピースを翻すくらいの勢いで頭を下げて、叫んだ。


「あの、私をアイドルとして雇ってください!」

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