わたしはアイドルにも歌手にも声優にもなりません 1
「瑞ちゃんおはよー」
「瑛人さんおはよーございます。なんですかその紙」
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「あー! このレシート先月のやつじゃないですかー!」
「ごめんスーツのポケットに捩じ込んでた」
「全くもー。お詫びに行った店の料理ご馳走してくださいね」
「え、ここ結構高かっ」
「今日の夜行きますよ。予約しておきますから」
有無を言わさずな調子で言うと、水色のワイシャツに黄色いネクタイを締めた男子は、苦い顔をしながら、ひーふーみー、と財布の中身のお札を数えていた。
「クレカでいいじゃないですか」
「現金主義なの僕は」
「現金パーっとばら撒けば日本経済に貢献できますよ」
「僕はそんなお人好しではない」
「だから結婚できないんです」
「うるさいやい! さっさと精算しろ!」
「ぜーったい経費じゃ落としません!」
わたしは売り言葉に買い言葉で、少し折れたレシートを机に叩きつけながら吠えた。そんな傍に、茶色ぽいスーツを着たこれまた男性が来て、わたしたちの様子を見て笑みを浮かべた。
「おはよう。今日も元気かー、って言うのは野暮な話か」
「おはようございます、社長」
「おはようございます社長! 瑛士さんがいじめるんです!」
「いじめてねえ!」
「経費担当に前月のレシート出すなんていじめ以外の何者でもないです」
「それはそうだなあ」
「社長〜!」
社長も同意してくれて瑛人さんの悲鳴が轟いたところで、朝礼が始まった。
「それでは諸君、今日もよろしく」
わたしたちに向き直った「社長」は、声と姿勢を正した。
「よろしくお願いします」
それに釣られて、さっきまであーだこーだ言い合っていたわたしたちも凛とした。そして、小さな祭壇に向かって、深々と一礼する。置いてある写真には、群青色のドレスに身を包んで破顔している女性が写っていた。身体を起こしたわたしたちは一息入れて、言った。
「――今日もあなたが笑顔でいてくれるなら」
「わたしは」
「僕は」
「……俺は」
「前を向いて挑戦し続けます」
これが、わたしたちの会社――OKUDAプロダクションの社訓だ。
「よしじゃあ今日の予定」
社長に促されて、各々が今日の予定を述べていく。
「小豆野。わたしは経費精算以外はフリーです。助太刀ならばどこへでも」
「桃山。僕は11時半から尾根さんのお昼ご飯探訪のロケに付き合う予定です。そのまま直帰します」
「レストランで待っててくださいね」
「今月厳しいんだよぉ……」
「経費精算してもらえるだけありがたく思いなさい」
経理担当者はこういうところで強いのです。
「あ、ちなみに奏美さんは尾根ちゃんの午前中のロケが終わったら尾根ちゃん引き連れて帰ってくるそうです」
「ん」
「なぎさちゃんは今日は休暇です」
「んー」
社長は相槌を打ちつつ、自分の予定を告げた。
「奥田。俺も今日は外回りもないから一日事務所にいると思う。なんかあったら声かけて」
「はーい」
社員2人の声が揃ったところで、社長が手をぱんと叩いた。
「それじゃあ、今日も一日よろしく!」
「よろしくお願いします!」
それぞれの仕事に散り行く際に、瑛人さんが耳元で囁いてきた。わたしは有無を言わさずダメ押しておく。
「レストラン、本当に行くの」
「ったりまえじゃないですか」
いつまでも女々しい、行きますとも高級中華料理屋さん。