本 能 Re write
こちらも2006年にファーストアップをした作品ですね。『千年の戀』と言うタイトルでオムニバス形式でアップしていた中のトップを飾っていた作品のRe write版で、1作のみです。
1
ごくありふれたマンションの一室。春の日差しが心地よい昼過ぎ。
広くもなく狭くもない、部屋の白さが眩し過ぎる位に、何処か暖かさを感じさせていた。
TVの音が静かに流れていた。
ッズジャーーーっと。
勢いよく水の流れる音がした。と同時にトイレのドアを開け、億劫な面持ちでオンナが出てきた。
ドアを閉め、洗面台で両手を洗い出した。肩まであろうかその髪を、後ろで一つにまとめ虚ろな眼差しで手を洗っていた。両手首には数え切れないほどの傷跡。洗っている今でもジワッと滲み出てくる赤い液体。オンナは手を洗い終えると傍の椅子に腰かけた。
「はぁ…また、またやってしまった……クッソ!」
深い溜息をつきながら自己嫌悪に苛まれたか、勢いよくテーブルを叩いたその両手で頭を抱え込んでしまっていた。テーブルの上には散々たる食料の残りかす。ジュースやビールの空き缶。空のペットボトル。しばらく項垂れた後、オンナは顔を上げテーブルのゴミを片付け始めた。乱雑に…粗々しく……
「っいやだ!…いやだ!いやだ!いやだ!! 本当にいやだ!!まじでいい加減止めなきゃ!何で!…何であたしだけっ!!??」
叫びながら片付けたゴミに当てつけた。黙ったままオンナは立ち尽くし、鏡に映った自分を見て苛立ったよう鏡を裏返した。
「はぁ…、痩せたい…瘦せたいの!……絶対痩せてやる。必ず痩せてやる。昔みたいにスリムな躰に戻ってやる!絶対に!!絶対絶対にぃぃ!!!」
オンナは自らに言い聞かせるように、声を上げて叫んだ。
「何か…何かしなきゃ。躰を動かせて、そしたら食欲を抑えられる!?何か…何か何か!」
そう言いだすとオンナはテキパキとゴミを片付けだした。空き缶を捨て、ペットボトルを拾い上げ散らかった部屋にスペースを作り、ストレッチを始めだす。 腹筋、腕立て伏せと、虚ろな表情のま……
1時間後ーーー。
オンナの姿は部屋にはなかった。
しばらくして、部屋の扉が大きく開いた。入ってきたのはこの部屋の主のオンナだ…両手に沢山の袋を抱えて……。オンナは扉に鍵を掛けると真っすぐにキッチンへ向かい、テーブルの上に袋の中の食料を拡げた。拡げながらTVを点けるオンナの表情は、あの虚ろな面持ちはなく、頬に朱みをおびた、嬉々とした表情だった。TVの話題に独り言を返しながら、特大のカップラーメンを開け、湯を注ぐ。さぁ何から食べようかと、小さな子供の様に食品を物色する。6本入りのフライドチキン。20貫の寿司、焼きそばに天ぷらの盛り合わせ、大盛りのから揚げ、気休めのサラダか、調理パンに菓子パンの詰め合わせ、ダイエットコーラ1.5Lが1本に、ダイエットビールが6本。スナック菓子にアイスクリーム、数種類のケーキ………これだけの量をつい2、3時間前にもオンナはたいらげている。そして『食べてしまった』と言う自己嫌悪に苛まれ、その全てを吐き出しているのだ。
一つ一つを味わいながら、食べている時こそが幸せだと言わんばかりに、オンナはがっついて喰らっていた。……餓鬼そのものの様に…。
2
「ーーー何でだろう…何で食べちゃうんだろう……食べたくないのに。食べちゃいけないのに!!
何でよっ!!!」
既に食べきって、既に吐き出して、また繰り返し己を罵っている。
「痩せたい……痩せたい、痩せたい!痩せたい!!痩せたい!!!痩せたい!!!!痩せたい!!!!!」
叫びながら鏡の前に屁たれ込むオンナ。両手の甲には『吐きたこ』があかく膨らんでいた。近くにあったクッションに顔を埋め、ありったけの声を張り上げ叫んでいた。
ふとオンナは顔を上げ、キッチンへと歩き出した。再び宿った虚ろな眼差しの先には、しっかりと包丁が握りしめられていた。魂のない抜け殻の様に、オンナはふらふらと鏡の前に立ち、自らの見にくい姿を見つめていた。
「…そうだ……そうなんだ…無理に痩せなくてもいいよ……。ここ…とここ。ここも………切っちゃえ」
言いながら、オンナはニタリと笑うと包丁を持った右手を振り上げた。刹那!!辺りに飛び散る血しぶき。オンナは憑りつかれた様に、何度も何度も右手を振り上げては、己についた肉を削ぎ落として行く。
「はっ、はは…はははは!!!見て!見て見て見て見てよ!!!ほらぁ、ほら!見て見てっ!こんなに細くなったって!ははは!……きゃははははははっ!!!見てよ~っ!昔みたいに戻った!もう食べても大丈夫だよっ!!ほらぁ~~こんなに細いんだもん!最高だよ!!ははははははっ!!ほんとに~~細いよ!!!!」
部屋中に飛び散る血。春先の生暖かい空気が、血臭をおびて、より一層に生臭さを漂わせる。鉄臭く……鉛臭い……。
「あはっ!あははははははははは!!!痩せた、痩せた~!!見て見て!こんなに…こんなに綺麗になって!!はははははっ!!!」オンナは嬉々として、鏡の前で小躍りした。
「あはははは!! !??きゃっ!!!」
どすッ……と、突如オンナは自らの血で足を滑らせ、尻もちをついた。
オンナは何事が起きたか理解できないまま、両手にヌメリと纏わりつく生暖かく赤黒い液体を見た。
ワインゼリーの様に凝固し、己の手の中で小気味良く、小さく震える物体。オンナは両手に否、己を取り巻くありとあらゆる光景に、凝固した物体が散乱しているその場所を、恍惚に見つめた。
「……は、ははっ……何…何これ……?ははははは……な、何よぉぉ!これっ!!……あ、あ・たし…」
い”やあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”
ーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!
マンション中。
この地域一帯。
この世界中に響き渡ると思えるほどの絶叫。
だがその叫びは何処にも届きはしない。誰にも気付かれはしない。
虫の声の様な虚しい轟きだった。
オンナは踞まりながら全身をさらに丸め込み、戦慄くように震え切っていた。白いフローリング一面に拡がる真紅の海。その中に散らばるどす黒い肉の塊。ヌメヌメとした不気味な沈黙が、空間を臭わせていた。
春の日差しが心地よく、夕陽が部屋一面を包んでいた。
暖かさが混じった空間は、異様なまでの鉄臭さを放ち、肉が腐りだす異臭を漂わせ始めていた。
鏡の前に丸く横たわる一つの塊…己が犯した過ちか?己の意志が正しかったと言うのか?オンナはニタリと笑ったまま、涙と汚水の混じわる血の海の中、何も語らず動かなくなっていた。ただ一言、鏡にその血で残した……。
『ワタシハエランダ』
こちらも原作をほぼ変えないまま、軽くRe write、体裁を整えました。初稿時はR15指定かけていなかったのですが、かけた方が良いのかな?と思い、Re write版はR15指定をかけました。
前書きにも記しましたが、ファーストアップはオムニバス形式でしたが、更新頻度と新作アップも絡め、作品をバラしました。Re writeしてでも最後の方には、やっぱ吐きそうになりますね><トホホ