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わたしと一緒に滅びませんか?  作者: かたる
第二章 天空の七星
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第七話 月あかりの下はいつも


 

 月光が盛んな夜。

 その月の周りには煌々と燃え輝く無数の星々が夜の明るさを助長させる。


 

 そこは、清流を中心に、木造建築と提灯が規則正しく並び、その周りには高低差のある新緑の山に囲まれた温泉街。

 そのレトロチックな街並みは、月や星々の距離が近いこの天空界とは、また違った世界を錯覚させる場所。

 いかに戦争中であっても、そこは幾多の観光客あるいは傷病人で賑わう。


 ――ここはアキレア天空界『ノコギリ治癒温泉街』


 月あかりの下、鼻歌まじりに柚子色の髪を束ね上げ、水色のシンプルな着物を脱ぎ、裸になる女が一人。

 提灯の光が、その女の妖艶な身体を照らす。

 湯に浸かると「ふぅ」と気持ち良さそうに目を細めた。

 浴場の隅には、すのこが敷かれ、その上には男が裸体のまま寝ている。

 

 「……うーん…………」


 うなされているのか、時より顔をクシャッと歪める。


 「レイくん。ちょっとレイくん! そろそろ起きてよ」

 

 女は横たわる男に歩み寄り、肩を揺すった。

 目を開ける気配は一切なく、むしろぎゅっと目を閉じてうなされている。

 女は一向に起きる気配のない男に対し、「仕方ないなぁ」と男の額に手掌をかざした。


 「ふぅ……"アクルーラ"」


 手掌から拳一つ分の青い水球が生成され、視界がぼやける湯煙と綺麗なコントラストを描く。

 丸い形を成したのは一瞬で、それはそのままバシャンと男の顔に直撃した。


 「ぶっ……ロベリア……?!」


 水の冷たさで、レイスの意識は現実世界へと戻された。

 視界の輪郭がはっきりしないまま周囲を見渡すが、今まで横たわっていた場所に困惑を見せた。


 「おはよ。 ロベリアちゃんじゃなくて残念だったね。 ここ『ノコギリ』だけど来たことない?」


 レイスは周囲を観察した。

 衣服を身につけていない白い肌の美少女、華奢な身体に大きなバスト、綺麗な湾曲を描くくびれ。

 出るとこは出て、しまうところは引っ込んでいる女性らしい肉付き。

 湯煙、水音、そして自分は今、裸。

 数秒経ち、ここは温泉だと改めて認識出来た。


 「なんだ、ここはよく湯治に来るノコギリ温泉街……じゃないわ! なんだお前は! なぜここに!」


 温泉にいると把握したが、レイスが置かれた状況を把握出来たのは、そのさらに数秒後だった。


 「ふふっ。 面白いリアクションだね。 ていうか最初から私の裸見過ぎだよ。 ちょっと、照れる」


 レイスの青藍の瞳に凝視されている事に気が付き、アリスはスッと自身の身体を隠した。

 ――が、レイスにはアリスの反応に意にも介さず、アリスから十数メートルの距離を取る。


 「起きろ! ハイド! "赤血光線(レッドヴァイオレット)"!」


 叫びに呼応して繰り出される"赫い悪魔"の魔力。

 ――が、不発。何も排出されない。

 対面するアリスも呆気に取られたまま動じない。

 クスッと笑うと、静かに口を開く。


 「落ち着いて。 ハイドくんなら――」

 

 「くそっ……なんで……? "フレイルーバス"!」


 アリスの言葉を遮り、炎の基礎魔法を繰り出す。

 背の丈ほどの大火球がアリスへ一直線に飛び出した。

 レイスにとって、反発する悪魔(ソウル・リペレンス)の能力が出せないというケースは初めてで、平静さを著しく欠いていた。

 話を遮られたアリスは頬を膨らませ、再度手掌をレイスに向ける。


 「レイくん、落ち着いて。 "アクルーラ"」


 小さな水龍は、アリスの手掌からではなく、温泉からレイスへと排出された。

 相殺された火球はジュウッと音を立てて消え、白煙が立ち込めた。

 

 「レイくん、今日まで悪魔の魔力に頼ってきたんじゃない? ただの魔法合戦じゃ、レイくんに勝ち目はないと思うよ。 温泉、あったかいでしょ。 私、何もしないから話しよう?」


 レイスはアリスの説得は否定出来ず、従うしかなかった。

 アリスばイスにかけてあった白いバスローブを体に巻き、よいしょと腰掛けた。


 「……何の話をするつもりだ。 僕は今どうなってる? ……ハイドはどうした?」


 アリスは「じゃあ順番に話をするね」と指を三本立て、レイスにウィンクして見せた。

 アリスの紅い瞳がレイスの姿を射抜く。


 「要領良く話したいから、まず三つ目の質問から。ハイドくんはどうしたかというとね」


 レイスは、ハイドの力が出せない原因かと察し、ごくりと固唾を飲んだ。


 「ハイドくんは、殺しちゃいました」


 アリスはペロッと舌を出すや否や「ごめんね」と手を合わせた。

 決して婉曲に事を告げられた訳でもないが、レイスはアリスが何を言ってるのか分からなかった。


 

 「最後、覚えてる? あなたの心臓を剣で貫いたの。 悪魔化してる時、急所を突いて死ぬのは憑依された人間ではなく、悪魔の方なの。 知らなかった?」


 ――悪魔化? ああ、いつも発現するハイドの魔眼の事かとレイスは納得した。

 

 「……ハイドを宿してから殺されかけた事は無かったから、それは知らなかった」


 「そうだよね。 レイくん強かったもん。 私も久々に戦って、いっぱいいっぱいだった」


 「嘘つけ」とレイスの口から漏れた。

 あんな圧倒的な力を見せておいて、そもそもその悪魔化どころか、目の色一つ変えず自分と戦っていて何が「強い」だと、レイスは文句まで漏れそうになった。


 「そう! あの紅い魔眼もかっこ良かったけど、今の青藍の瞳も充分素敵だよ」


 「……それなら、君の瞳も似た様なものだ」


 アリスは苦笑した。

 アリスは再度身にまとっていたバスローブを脱ぎ肌を露わにした。

 そのまま浴槽に浸かり、また「ふぅ」とため息がをついた。


 「でも、ハイドくんを呼んだ時、びっくりしちゃった。 鼻から血が出るんだもん。 ほら今も。 レイくんは血の能力使うから紛らわしくって。 私の裸に興奮してるの? あはは」


 レイスはアリスに指摘されて初めて、鼻からぽたぽたと垂れる赤い鮮血に気が付いた。

 咄嗟に鼻をつまんで、止血を試みた。

 ハイドが中にいたら止血も出血も一秒足らずして自在なのにとため息が溢れた。


 「……ハイドは? もうこの世にいないのか?」


 レイスは、五年前から今日まで、ハイドの力を使えば使うほど、身体が侵食される感覚を覚えていた。

 落ちこぼれで昔から魔法音痴だったレイスは必然とハイドの強大な魔力に頼る他無かった。

 とはいえ、当初孤独だった天空界で、唯一の話し相手がその『ハイド』であり、それがいなくなったとなれば多少なりの哀れみはレイス自身にはある。

 そもそもレイスは今にしたって、ハイドなくしてこの体たらく。

 レイスは自分自身の不甲斐なさに失望した。



 「それなんだけど、悪魔はまた復活するよ。 悪魔は本当に滅殺する方法はあるにはあるんだけど、基本的には不滅。 今は一時的な悪魔祓いで、レイくんの中にはいない状況。 ここで質問! 今の心情に何か異変はある?」



 レイスは喜怒哀楽の中から、今の心情にぴったりなものを当てはめてみた。


 怒。 アリスに敗れて、裸に剥かれ、ここに横たわっていたから。


 哀。 地底界に帰れない辛さ。ロベリア達に会えない寂しさ。


 

 ――アリスの中に宿す、ドス黒い、憎悪の怪物。



 「あれ……?」


 レイスは改めて自分の心情を整理して気が付いた。

 

 「憎悪が、ない」


 レイスは決して憎しみなど抱いていなかった。 

 心臓一突きにされたアリスの事を全く恨んでいないのだ。

 ルナを殺した張本人、『ハデス・ウルデバルト』が憎くない。

 長い間、敵対してきたアキレア天空界自体がそもそも憎く、無い。


 レイス自身、怒りはある。が、殺してやりたい等の恨みは無い。


 「それが、悪魔祓いされた人間の代償。 憎悪に呼応して強くなる悪魔の力。 逆に、悪魔がいなくなっちゃえば、憎悪もろとも人間から無くなっちゃうの。 そういう理屈」


 アリス話し終えると足でバシャバシャとお湯をかき乱した。


 「寝起きのレイくんは私にびっくりして攻撃してきたけど、今思えばほら、そんなこと思わないでしょ? 安心! ……とはいえ悪魔が抜かれた人間の方もまた、ただでは済まないの。 今度は失血とか、内臓損傷だとかで人間の方が危ない。 だからこの『ノコギリ温泉街』まで連れてきた。 ここまでがレイくんの二番目の質問の回答」



 レイスは自分の身体を見直してみると、刺された心臓をはじめ、体に受けた刀傷、銃創が全て綺麗に消えている事に気がついた。

 レイスはこんな意識不明の状態で風呂に入った事無かったから気付かなかったが、改めて『ノコギリ温泉街』の湯に込められた治癒力に感激した。



 「ていうかなぜ僕は『レイくん』なんだ? 最後の……お前自身の話は?」


 

 アリスはクスッと微笑み、バシャっと浴槽から上がり、スタスタとレイスの元に歩いた。

 そのまま濡れた妖艶なる身体でぎゅっとレイスを抱きしめた。

 圧力で大きな胸が押し潰れる。


 「おい! 離れろって!」


 レイスの顔は火照り、アリスの身体を強引に引き剥がした。

 二人は後方によろけ、また目が合った時にはアリスの顔から笑みが消えていた。

 

 「…………レイスくん、お願いがあるの」



 

 



 「わたしと一緒に滅びませんか?」






 

 話終えると戻った、いつもの笑顔。

 その笑顔の瞳は鮮やかな紅色で――



 


 やはり、どこか昏かった。



 

 

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