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わたしと一緒に滅びませんか?  作者: かたる
第一章 常夜の世界
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第三話 憎悪とエール




 「……怖い」


 「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」


 全身から鳥肌が立ち、寒気と震えが止まらない。

  

 多くの孤児達が倒れている。

 気を失っているか、もう死んでしまっているのかレイスにはとても判断がつかなかった。


 ――なぜ急に天空界の魔道士達がここを襲ったのか。

 最早理解が追いつかず、ただレイスは駆け出した。

 蝋燭の火も消え、火災の灯りを頼りに闇の中の『ルナ・ラペスシャトー』城内を駆ける。

 誰かの血溜まりで転び、血生臭い臭いに、レイスは胃の中から込み上げ、吐き気を催した。

 

 この城内には多数の天空界の魔道士が乗り込んできてる。

 聞き慣れない男の怒声が響くたび、レイスの身体が震えた。



 「ロベリア! ルナさん!」


 爆音の中、必死に叫ぶも、届かない。


 「リサ! ヘレン! みんな!」


 届かない。


 「見つけたぞ。 小僧」


 レイスの頭上に浮遊する天界の魔道士の手掌が、レイスを捉えた。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁ……あああああ!」


 見つかった。


 手掌から放出された高温の火球が、ジリジリとレイスの皮膚を焼く。


 「うっ……"アクルーラ"!」



 清流が線に姿を変え、水圧を帯びた水銃と成した。

 "アクルーラ"を声が枯れるまで連発した。


 だが、全く届かない。


 「フフ、ハハハハハハハハハハ……一丁前に魔法なんざ使いやがる。 そんな水量では蒸発しておしまいさ」


 相殺にはとても至らず、ジュワっと水が消し飛んだ。

   


 「ああああああああああぁぁぁぁああ!」


 嗚咽する声も枯れ、ただただ死を待つ。

 恐怖と、魔法が使えない自分を心から呪った。


 朝から女の子に護られ、自分はなんてかっこ悪く情けないんだろう。


 「もういやだ……」


 「小僧、お前も他のガキ共と同じところに送ってあげるよ」

 

 天界の魔道士が溜めていた火球が放たれ、ゆっくりレイスの元へと向かう。

 レイスは自分に向けられた死の宣告を聞き入れたかのようにぼんやり火球を眺めていた。


 「太……陽……?」


 思考は停止し、走馬灯の中に浮かんだワンシーンである、本の中の太陽を思い浮かべた。







 「これが! こんなのが! 太陽なわけないわ!」


 そんな叫び声と共に、火球が突風で消し飛んだ。

 突風は火球を消し飛ばすのみならず、天空界の魔道士達の四肢をまとめて切り裂いた。


 整った顔立ちが、どこか険しくて。

 純白な頬が黒炭で汚れていて。


 天空界の魔道士とレイスとの間に割って入ったのは、ロベリアだった。


 「魔法なんか使えなくったっていい。 かっこ悪くたって良いじゃない! 生きること諦めないで」


 レイスの頬にそっと触れ、レイスに語りかけた。

 見つめてるだけで暖かさを感じるような優しい紅い目。

 その瞳は愛も惨劇も苦痛も、焼き付けてきた瞳。


 「最初の爆撃で、大勢死んだ。 死んだの」


 紅い瞳がどんよりと霞み、溢れた涙。

 

 「ルナ様は既に応戦に入っているわ。けれど多勢に無勢。それでも、あなたは死なせないわ」

 

 天空界の魔道士がロベリアの魔力に気付き、ロベリアが上空を確認した頃には完全に包囲されていた。


 「伏せてて、レイス! "ゴウ・ウィンルーバス"!」


 普段城内でレイス達に見せる、竜巻の子とはとても称することのできない大竜巻が、天空界の魔道士達を切り裂く。

 竜巻の通り過ぎた後に残るのは、肉片と血液のみ、荒野と化した。


 「――私が、あなたを守る」



 「僕も……戦う!」


 非力で凡才なレイスにも、意地があった。

 物心着いた頃から隣にいた少女を置いてはとても去ることなど出来ないと。

 どれだけ魔法の才で優れているロベリアだとしても、自分一人守られてばかりでは嫌だ、と。

 

 ――だめだった。

 すくんだ脚が、再度起き上がることを許さない。


 「行って! レイス! ヘレン!」


 ヘレンが大気に紫や黒色で渦巻く、怪物の大口のような、ゲートのようなものからレイスの元に現れた。


 「あんたには太刀打ちできない! 早く私の空間を渡って逃げるのよ!」


 ヘレンがぐいっとレイスの袖を強引に引っ張った。


 「――三人とも待って!」


 背後からまた声がかかった。

 皆大好きだった柔らかくて優しい声。

 

 その人物が、ルナだと判別できた要素は、()()()()()()


 その風貌は、鬼と呼んだ方が最も近く感じる印象であった。

 丸くて安らぎを与える蒼色の目は鋭く尖り、柔らかい肌で包まれた手先の爪も鋭利で、動物の牙を思わせるような突起が口元と額に二つずつ。

 そしていつもの大きな胸元には、可憐な緑色の髪の少女、リサを抱いている。

 


 「ルナ……さん……?」


 三人はその変わり果てたルナの姿に釘付けになった。


 「ロベリア、ヘレン。 見事な風魔法と陰魔法だったわ。立派になったわね」


 こんな修羅場にも関わらず、ルナは息を切らしながらも、一分一秒を惜しみ、尖った爪で二人を傷つけないように、ロベリアとヘレンの頭を優しく撫でた。

 

 「リサは大丈夫。 すぐに目を覚ますから」


 ルナは、すぅっと一呼吸整えて、すぐさま魔法を唱えた。


 「"ゴウ・シルバス"」

 

 呼応して呼び出されたのは、規則正しく整列した、透明な六角形のガラス。

 間隙一つ一つを光で綺麗に縫って、透明なドームを呼び起こした。


 「この中は安全よ。 天界の兵は大方掃討してあと十人余り……私の魔力はもう限界……だから……最期に少しだけ、話をしましょう」



 レイスは最期がどういう意味か分からなかった。

 分からなかったが、涙を溢しながらもルナが続ける話に耳を傾けるしかなかった。


 「この姿は"反発する悪魔(ソウル・リペレンス)"。 受けた憎悪に呼応して宿る悪魔」



 「悪魔……?」とレイスは疑問を抱えるものハッと襲撃前にルナが話した内容を思い出した。

 



 ――五大属性魔法、陰陽魔法を遥かに凌ぐ能力(ちから)

 

 ロベリアはルナの説明を付け足すように口を開いた。


 「抱えた憎しみが大きければ大きい程……強い能力を持つ悪魔が宿る」

 

 「ロベリア……あなたまさか……」


 「私には必要ないわ! あなたの死も、憎しみの糧にするのですか? 私達は……ルナ様に生きていて欲しい!」


 嗚咽が込み上げ、ロベリアの必死の言葉だった。


 「私達は天空界に家族を奪われた。 それこそが私たちに力が秘められている理由ですよね……? だったら! ルナさんの死がなくてもいつか!」


 そうヘレンも続け、ルナが向かんとする死を必死に食い止めようとした。



 「僕には記憶が無いけど、ルナさん行かないで! その悪魔がなくても――」

 


 「甘いこと言わないで頂戴!」


 ルナの怒気が込められた叱責と同時に、空間内が静まり返った。


 「これは戦争なのよ。 向こう(アキレア天空界)も同じくして、憎悪に満たされた悪魔を宿している! この力は、悪魔と適切に共存できなければ、こんなふうに自身の姿も変えるし、乗っ取られることだってある! 勝って! この国を守って!」



 それ以上は執拗に語ることなかった。

 これは戦争。 ここは戦場。

 逼迫する資源に頭を抱える天空界は、レイス達の住まう大地を奪いにくる。

 宿る悪魔なくして、天空界を降伏させることは不可能。

 世界を分割されてから、受けてきた憎しみは両者同じだからだ。


 


 ――敵国を陥落させ、世界をまた、一つに。

 青い空、眩い太陽を浴びるまで、アキレア地底界は、負けない!


 

 「あとは任せたわ……」


 

 ルナは魔法を解き、急降下して迫る、敵魔道士の の握る、火剣の間合いへ飛び込んだ。



 待って――


 三人の願いは届かず、魔女の生命が散るのをただ眺めることしか叶わない。


 レイスは咆哮と共にルナの飛行する線をなぞるかのように駆け出した。

 ルナに注視しながら駆けたからか、地面に転がる石に気付かず、躓き、転んだ。


 「守れなくてごめんなさい……レイス、ロベリア、ヘレン、リサ、皆……ありがとう」





 ルナから溢れた涙は鮮血と共に地へ落ち、弾けていった。

 



 その鮮血がレイスの頬を伝う。 

 垂れ出た鼻血をルナの涙で洗う。


 

 憎悪とエールを残して、一人の魔女の光が散った。

 

 

 

 


 


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