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第2話 森と男と獣と女

 さて、森に着いたまではいいが、どうしたものだろうか。

 草が木に変わっただけで、対して状況が変わった気がしない。

 森を少し覗いてみるが、うっそうと茂る葉が光を遮っているのだろう。

 かなり、薄暗い。



「一体全体何の嫌がらせなわけ?そりゃ迷惑はいっぱいかけたけどさぁ。けど、さすがに人を拉致って捨てていくってのはやり過ぎじゃない?」


 片手を腰に当て仁王立ちしている彼女の背を嘲笑うかのように風が吹き抜ける。


(さ⋯⋯むい)


 空は分刻みで赤みを増していく。


(ってか、やばい⋯⋯んじゃない?これ、マジで)


 全く見覚えのない森の入り口。

 一人夜を迎えなければならないこの状況。

 女の子一人ではあまりにも危険すぎる。


 とはいえ、人家一つなければ道すらない。


 空はどんどん暗くなり、空気もだんだんと冷えてきた。


 彼女は、この状況を打破出来そうな道具を何も持ち合わせてはいない。

 あるのは、カバンの中の書類とメイク道具。そして、今手にしている冷え切った缶コーヒーのみ。



 真奈美は、少しずつ自分の置かれている状況を理解する。


 森の奥深くからは、聞いた事のない獣の遠吠えが響いてきた。



_________________


「ははは。どう⋯⋯しよ?なんも見えない⋯⋯」


 結局、とっぷりと日が暮れてしまった。

 都会の夜がいかに明るいのかを思い知らされる。


 真奈美は、結局その場で待機する事を選んでいた。

 暗がりに森に入るのは遭難も含めて危険と判断した為だった。


 とはいえ、このあまりの暗さには身震いする。

 手元すら何も見えやしない。



 秋ももう冬に差し掛かろうとする季節。

 この寒さはとてもじゃないが朝まで耐えられそうにはなかった。

 どうする?

 木に抱きつく?穴でも掘る?朝まで走る?

 現実的ではないものばかりが頭をよぎる。


「あぁ~、もう、どうしよう?」


 冷えた空き缶を両手に持ち、その場をくるくるくるくる回る真奈美。

 端から見たら、壊れたブリキのおもちゃのようだ。


 すると、不意に森の入り口からガサガサと音がした。


「えっ?」


 真奈美が音のした方を向いたその途端、ボッと火の玉が現れた。


「ひ~~~ぃ。で⋯⋯でたーーーーーっ!!」


 真奈美は、後ろにすっ飛ぶように尻もちをつくと、そのまま虫のようにガサゴソと後退る。


「なんだ?えらいまた(やかま)しい娘がひっくり返っとるのぉ」


「へっ?えっ?あれ?」


 火の玉の方を見ると、そこにはがっしりとした40代と思われる中年の男が松明を片手に立っていた。

 190cmはあろうかという長身のこの男は、わしゃわしゃと顎ヒゲを蓄え、今時背中に斧を背負っている。

 服という服も着ておらず毛皮をただ纏っているだけ。

 正面から見たらほぼ肌が露出し、しっかりと鍛えられた筋肉が確認できた。

 ヒールの高さを合わせても165cm程にしかならない真奈美にとってはまるで大きな肉の壁のようだった。


「こんなところで、なにをしとるかぁ?」 


 ごもっともな質問が飛んでくる。


「ひ⋯⋯ひと⋯⋯人ーーーーーーっ!!」


 しかし、そんな言葉なんて耳に入らない真奈美。

 猛ダッシュで近寄ると目をウルウルさせながら彼の手をしっかりと握っていた。


⋯⋯。

⋯⋯⋯⋯。

「で、なにをしとると?」


 少しばかり落ち着きを取り戻したのを確認すると男は再び同じ質問をする。


「えっ?いや⋯⋯何をと言われても⋯⋯なにも⋯⋯」


 そうとしか、答えようがない。


「迷子か?」


「迷子⋯⋯みたいなもんですかねぇ。ははは⋯⋯」


「ふ~ん。なら、一先ず家に来るか?ここから、オレのいる村まで30分ぐらいだが。ここにいるよりはマシだろう。特にここの夜は化獣(ばけもの)が出て危険だからな」


「化獣?は⋯⋯はい!是非!是非お願いします!」


 見ず知らずの男について行く事が危険な事ぐらい重々承知だが、背に腹は変えられない。

 屋根があり、風が(しの)げ、生きて朝を迎えられるならこの際なんでもよかった。

 しかし、その化獣とやらは獣とはまた違うのだろうか?



 道なき道をズンズンズンズン進んで行く毛皮の男。


「はぁ、はぁ、はぁ。あの⋯⋯もう少しペース落としてもらえませんか?」


 息を切らせながら問う真奈美。

 僅かに残っていたコーヒーをグビッと飲み切ると缶をカバンにしまう。


 慣れぬ道を、高いヒールにタイトスカートではとてもじゃないがついていけない。

 松明の明かりがなければ、とっくに見失っていた。


「おぉ!すまん。すまん」


 そう言いながら振り返る男の背を、突如青白く淡い光がさす。


 一瞬にして周りが見渡せる程明るくなった。


「おっ!やっと上がったか。もう、松明は消しても問題ねぇだろう」


 月明かりだ。


 都会の明かりに慣れすぎて、月明かりの記憶なんてもはや薄い。

 夜空を見上げる事なんて何年振りだろう。


 満点の星空に、幻想的な月明かりに照らされた大草原。


 見事な自然美にしばし疲れを忘れる真奈美。


 とは言え、これは少し明る過ぎではないだろうか?


「よいしょっと!さぁ、急ぐぞ!」


 毛皮の男は、ガシッと真奈美を肩に担ぐ。


「えっ?ちょっと?えっ?なになになに?」


 背中をペチペチ叩き、足をバタバタさせる彼女をよそに男は続ける。


「悪いね。その足ではもう限界だろ?こっから先はあんまのんびりしてらんねぇんだ。周りが見渡せるだろ?って、ことは化獣(あちら)さんからもこっちが丸見えって事よ」


 そう言うと、一気に走り出す!


 速いっ!


 人一人抱えて走っているとはとても思えない。


 景色がどんどん後方へすっ飛んで行く現状に身を固くする真奈美。


 すると、後方から足音が一つ⋯⋯いや二つ迫ってきた。


 その音は、どんどん近づいてくる。

 明らかにこちらより速い。




「チッ!流石に、四つ足にゃ敵わねぇか。姉ちゃん、ジッとしてろ!少々、暴れるぞっ!!」


 そう言うと、男は背中の斧に手を掛ける。



 一閃


 男は腰を回転させれると、片手で握った斧を後方に振った。


「ゥジャーーーー」


 聞いたこともない低い動物の声に真奈美はハッと顔を上げる。


「ひぃっ!」


 思わず顔が引きつる。


 目の前には、舌をだらりと垂らした銀色の毛のオオカミの顔があった。


 斧で顔を潰され既に絶命している。

 銀色の毛に覆われたそれは、徐々に赤く染色されていった。


 ただサイズがおかしい。

 確かにオオカミなのだが、ヒグマ程はあるか?

 大きすぎる!


 その背後からすかさず二匹目が突っ込んで来る。

 牙を剥き出しにし、ヨダレを垂らしたその表情は殺意の何物でもない。


 一噛みで、上半身ぐらいは持っていかれそうだ。


 どんどん迫ってくる大きな牙。

 恐怖から固く目をつぶってしまう彼女。


「よ~し!勝負してやるぜ!犬っころ。来いっ!!」


 男はそう言うと、オオカミの顔に刺さりっぱなしの斧を捨て振り返る。

 どうやら、正面から受けて立つつもりらしい。


「姉ちゃん!振り落とされるなよ!いくぜっ!!」


「無理!掴むとこないからーーーーっ」


 男は、彼女を肩に担いだまま一気に突っ込む!


 ヒグマサイズのオオカミは口を大きく開けるとそのまま飛びかかった!

 酷く汚れた牙が真奈美の脇腹目掛けて襲い掛かる。


「ふん。狙う肉は間違ってねぇ」


 男はそう言いながら急ブレーキをかけると、スッと1歩下がる。


 オオカミの目測が狂った。


 とはいえ、体重差は何百キロもあるだろう。


 とても、止められる訳が⋯⋯



「ぅうおおおらあーーーーーっ!!」


 男は、そんな事はお構いなく、そのままオオカミの顎を思い切り蹴り上げた!


 ガクッと膝から崩れ落ちるオオカミ。


「姉ちゃん、踵にしっかり力入れなっ!!」


 真奈美は言われるがままに力を入れる。


「フンッ!!」


 男は、真奈美の腰を持つとそのまま振り下ろした。



 グシュッ!



 何やら嫌な感触を踵に感じながら足元を確認する真奈美。


 両足のヒール部は見事にオオカミの両眼を潰していた。


「チョ⋯⋯何してくれちゃうわけ?」


 小刻みに震えながら男を睨みつける。


「あん?姉ちゃんのその踵、武器になってんだろ?だから、尖らしてんじゃないのか?」


「は⋯⋯はぁ?」


 銀色の毛に覆われたそれは、力なく徐々にその毛を赤く染めていった。



「さ~てと!」


 男は何食わぬ顔で再び真奈美を担ぎ上げる。


「ん?姉ちゃん、なんかあったけ~なぁ」


「⋯⋯⋯⋯」


「漏らしたか?」


「⋯⋯言わないで」


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