7、怪我の消毒をしてみる
「お奈津さん、どうした?」
私がモモンガと話していると、三成さんが部屋に戻ってきた。その後ろには、男性が三人いる。食事を運んできてくれたようだ。
モモンガをどう説明しようかと迷ったけど、美少女の視線は、私の足に向いていた。
「ちょっとズキズキするから、傷口を見ていたの」
「えっ……見ていたって」
「土が付いているから、バイ菌が入って化膿しているみたい。少し熱も持ってるから、水で洗い流してから消毒したいんだけど」
「……お奈津さんは、医術を学んでいるのか?」
「えっ? いや、別に」
失敗した。彼女の顔は、とんでもない者を見たかのように、驚きと戸惑いで言葉を失っているようだ。
「すぐに必要な物を用意させる。水は井戸水か湖の水のどちらがいい?」
「飲み水は?」
「どちらも飲み水だ」
「雑菌の少ない方がいいけど」
「ざっきん?」
「飲める水なら、どちらでもいいよ」
「そうか、わかった。消毒というのは?」
「消毒薬がないのはわかってるから、度数の高い焼酎か何かあるかな?」
「酒を飲むのか?」
「消毒に使うの。アルコール度数が高いものがいい……と言ってもわからないよね。強い酒、かな」
「わかった。おまえは配膳をしてくれ。後の者は、私について参れ」
美少女の三成さんは、テキパキと指示をして部屋から出ていった。私より若く見えるのに、なんだかすごい。
モモンガは、私の着物の袖の中でモゾモゾしている。姿を見られないように隠れているようだ。
「お奈津さん、動けるか?」
部屋の外から、彼女の声がした。見ると、中庭に桶を運んできたようだ。別の男性が瓶を持って走ってきた。焼酎かな。
私は立ち上がったが、左足にズキっと刺すような痛みを感じた。杖が欲しいな。すると、配膳をしていた男性が肩を貸してくれた。
「ありがとう、助かります」
「いえ、とんでもございません」
私は、縁側に座らせてもらった。そして、桶の水で、左足の傷口を洗った。傷口の中にも砂粒が入っていたようだ。痛みを我慢して丁寧に洗った。
そして、焼酎を傷口にかけた。痛っ!
まだ血が流れているけど、傷口の中のバイ菌も流れ出るからこれでいいよね。包帯を巻きたいけど布団の上か。
「ワシが取ってくるのじゃ!」
着物の袖から飛び出したモモンガが、包帯をくわえて戻ってきた。隠れていたんじゃないの?
私は、包帯を受け取り、桶の水で汚れを洗い、キュッと絞った。そして一部に焼酎をかけた。その部分を傷口に当て、通気性を考えて、ゆるく包帯を巻いた。
これでマシになるかな。消毒できているか不安だけど。夜に、軟膏を塗ればいいか。
「お奈津さん、そのモモンガを使役しているのか?」
「えっ? あー、友達みたいなものかな」
「商人の間で、モモンガを飼うことが流行っている。お奈津さんは、商人に医術を施していたのか?」
「医術なんて、何も知らないよ」
「そうか、記憶が欠けているのだったな。だが、身体は覚えているから、必要なことができるのだ」
なんだか、彼女は妙に納得している。誤解なんだけどな。
モモンガはまた左右に揺れている。そういえば、ミニイベントが発生したって言ってたっけ。この消毒のこと?
「違うぞ。始まっているが、まだ始まっていないのじゃ」
「えっと……」
モモンガに聞き返そうとしたけど、思いとどまった。私以外には、ただのモモンガに見えるのよね?
「甘えた声を出す奴だな。腹が減っているのか? 名前はあるのか?」
三成さんは、優しい目でモモンガを見ている。えっ? 名前? ペットなら必要かな。
「お腹が空いてるのかな? モモ爺」
私がそう言うと、モモンガは不満そうに頬を膨らませた。
「ワシは、爺ではないのじゃ!」
「お奈津さん、このモモンガは年寄りなのか」
「年齢は、わからないんだけど」
「フッ、だがモモ爺という名は呼びやすいな。音の響きが可愛らしい。さぁ、食事にしよう。モモ爺は何を食べるのかな」
モモンガの様子を見ると、もういつもの顔に戻っている。三成さんにモモ爺と呼ばれるのは、嫌じゃないのかな。
「ワシは何でも食べられるぞ。爺ではないが、かわいいのなら、モモ爺でも良いのじゃ」
なるほど、音の響きが可愛らしいと言われたからか。かわいいことが重要なのかな。
お膳には、おかゆと野菜の煮物と汁物が乗っていた。三成さんも食べるようだ。彼女も同じメニューに見える。ごはんじゃなくておかゆ?
「この時代では、白米は貴重なのじゃ」
モモ爺の説明に、私は頷いておいた。彼は、私のお膳から、食べたいものをつまんでいる。
「モモ爺は、まるで、お奈津さんに話しているかのようだな。可愛らしい子だ」
「そうですね、人懐っこいです」
「私も、モモンガが欲しくなってきたよ」