66、奈津、英霊となる
「お待ちしていました。新たなる英霊よ」
私は、真っ白な石造りの建物の中にいた。船着き場から、やはりワープしたらしい。
「こんにちは、あの……」
言葉が続かない。わからないことばかりで、私は混乱していた。モモ爺は、ニコニコと微笑んでいるが、ちょっと緊張感が伝わってきた。彼もこの場所は緊張するのね。
「驚かれたようですね、由利 奈津さん。貴女は21世紀の人だから、まだ理解はしやすいでしょう。私が、貴女の未来人と共にこの世界を築いた者です。ここは、地球上のすべての国、時代と繋がる異空間、私のすまいです」
「神殿のようだと思っていました。神様なんですね」
「人々からは様々な呼び方をされますが、そう呼ぶ人は多いですね」
なんだか、ファンタジーな世界だ。
「あの、私は何を……」
「貴女に英霊の印を授けようと、この場所へ誘いました。この世界の仕組みの話は既にご存知ですね」
「えっ? あ、はい、たぶん」
「英霊達の努力によって、少しずつ改善してきています。ですが、それを妨害する勢力もあります。貴女が生きていた原始の世界では、2520年に地球は、人間同士の争いのせいで、宇宙のチリとなってしまいます」
「500年後……」
「貴女の居た世界からすればそうですね。その消滅を防ぐためのバイパスとして、二つの世界を築いたのですが、一方は全く文明が発展しないが平和な世界、そしてもう一方は戦乱が続き、人間が絶滅し、アンドロイドに乗っ取られてしまう世界となりました」
「はい、そう聞いています」
「原始の世界は歴史は動かせませんが、その世界の住人を別の世界に移すことはできる。私が作り出した世界は非常に流動的です。この二つの世界で、原始の世界と同等程度の文明を築き、そして原始の世界よりも長く存続させたい。あわよくば永久に。そのために、貴女も力を貸してください」
壮大な計画なんだ。でも、私にそんな……。
「あの、私は、何をすればいいか全くわからないです」
そう答えると、性別不明な神様は、やわらかな笑みを浮かべた。なぜ微笑まれているのだろう。
「由利 奈津さん、承諾をありがとう。新たなる英霊には、教育者が付きます。本来なら、貴女に近い時代の同性の者に依頼するのですが、一緒にいる彼から申し出がありました。彼は素性を隠しているようですが、この場で明らかにいたしましょうか」
えっと、承諾? そんな、やるとは言ってないのに? モモ爺が私の教育係? モモ爺の素性って、島左近っていうこと?
「おや、混乱させてしまいましたね。私は貴女の言葉ではなく、心を見ています。尽力したいと思ってくれたことを確認しましたよ。彼は名も隠していたのですか。用心深い男ですね。いいでしょう。彼から直接聞いてください」
私がモモ爺に視線を移すと、彼はギクッとしていた。ふふっ、モモンガに見えるわね。
そのとき、私は淡い光に包まれた。何? あっ、あれ? これは英霊の印を授ける光。なぜわかるの?
光がおさまると、不思議なことが起こった。
『まずい、まずい、まずい。まだ言っていないのに、見られてしまう』
なんだかモモ爺を見ると、彼は口を開いていないのに声が聞こえてくる。話し言葉とは違って、普通の言葉だ。
私は、神様の方を向いた。神様の声は聞こえない。
「由利 奈津さん、貴女は正式に英霊となりました。これからは人間の心の声は聞こえてきます。人々を正しい方向へと導いてください」
「はい。あの、彼の心の声も聞こえてしまうようなんですけど」
「ええ、特別な関係があれば聞こえるようになります。英霊同士はライバルですから、普通の関係であれば声は聞こえません。彼は、貴女に特別な感情を抱いているようですね」
「えっ……」
「教育者が付く期間は三年です。その間に得るポイントは折半にします。三年後にまた、お会いしましょう」
神様の笑みに返事をしようとすると、ふわっと浮遊感を感じた。
その次の瞬間、私達は、船着き場に戻っていた。
「モモ爺、あの、よくわかんないんだけど」
「な、なにがじゃ? ここに来て、お奈津ちゃんは正式に英霊になったのじゃ。ワシがお奈津ちゃんを、英霊の役割を果たせるようにお助けするのじゃ」
「そう……」
モモ爺は、目が泳いでいる。
『ま、まずい……そうじゃ、見られる前に先に言ってしまえばよいか』
そして、モモ爺は何かを決意したようだ。
「お、お奈津ちゃん!」
「何を言ってしまえばよいのかしら?」
「うぉぉぉ〜ん、やはり見られるのじゃ。でも、まだ見られていないのじゃ」
モモ爺は、なんだかジタバタしている。やっぱり、モモンガに見える。
チラッと私を窺う視線も、モモンガのときと同じね。三十代の立派なお武家さんなのに。ふふっ。




