61、左近の変化と、妙な使い
「わぁっ! それはおめでとうございます。女将さんに告白されたんですね」
京のあの店に、左近さんは約束を守って立ち寄ったんだ。よかった。こんなゴタゴタがあったから、忘れているかと思っていたけど。
「あの女将とは、長年の付き合いなんだ。だが、ワシは、いつからか、心を病んでしまっていたようだ。誰のことも信用できず、暗闇の中にいた。しかし、本能寺の件から、お奈津さんのことは信用してもいいのではないかと、感じるようになった」
左近さんは私に視線を向けた。同意を求められているのか。私は軽く頷いた。
「あの後、しばらくして約束を思い出した。本能寺の後処理のついでに、あの店に行ってみたんだ。女将の背中を押してやったんだってな。身分違いを気にして、これまで想いを伝えられなかったと言っていた。だが、お奈津さんに、ワシが家柄より人柄を見ていると言われて、決意したらしい」
少し照れくさそうに、左近さんはそう語った。
「お奈津ちゃん、左近は口下手でしょ。この話ができるようになるまで、大変だったんだよ。左近の様子が変わってきたから理由を尋ねたんだけど、何も話さないしね」
「そうなんですか。でも、よかったです」
秀吉さんは自慢げな笑顔だ。人たらしの秀吉さんがあれこれと聞き出したから、左近さんは少しずつ自分のことを話せるようになったのかな。
「お奈津さん、英霊の存在を知っているなら、導きの社があちこちにあることも知っているな?」
照れくさいのか、左近さんは強引に話を変えた。
「いくつかあることは知っていますが? 何をする場所なのかは、よくわかりません」
プレイヤーを導く未来人がいる場所なんだろうけど。この時代の人との関わりは知らない。
「導きの社は、言葉の通り、英霊の使者を英霊の元へと導く場所だ。導きの社では、英霊の声を聞くこともできるらしい。ワシらが行っても何もない場所なのだがな」
「じゃあ、英霊の使者のための社なんですね。そういえば、政さんはどうしてるんですか」
そう尋ねると、左近さんは一瞬、少し戸惑っているかのような不安げな表情を浮かべた。
「政は、三成の使者になっているから死ぬことはない。そのうち現れるだろう」
なんだか、変な言い方だ。私が首を傾げると、左近さんは咳払いをした。これ以上聞くなということなのかな。
「話が逸れたな。導きの社から使いが来ていた。今日は、お奈津さんは疲れているだろうから断ってある。だが、また明日、来るだろう」
「使いですか?」
「あぁ、英霊候補者が誕生すると、最寄りの導きの社から使いが来る。だが、今回は少し妙なのだが」
「おかしいんですか?」
左近さんは、頷き、そして秀吉さんの方を向いた。そんなに、ちょくちょく英霊候補者が誕生するのかな。
「ボクもよくわからないんだよね。近くの社の使いなら温厚な老人なんだけど、見たことのない妖怪のような人だったんだ。でも、導きの社の印を示されたから、偽物でもなさそうだけど」
「妖怪?」
「とりあえず、明日になればわかるよ。長居をしてごめんね。あとで、食事を運ばせるから、今日は早くおやすみ」
秀吉さんは、にっこりと微笑み、左近さんと一緒に出ていった。確かに、長居だったな。
小姓の少年は、部屋を出て、障子を閉めると部屋の前に座った。部屋に二人きりも困るが、部屋の前に座っていられるのも落ち着かない。
だが、きっと、呼ばれるまで待機しておくのが仕事なのだろう。ということは、用事を頼めばいいか。
「あの、ちょっといいですか?」
私がそう声をかけると、障子がスッと開いた。
「はい、どのようなご用でしょうか」
小姓さんは、ガチガチに緊張している。
「ずっと寝ていたから、水浴びか何かしたいんですけど」
「えっ、あ、水浴びには寒いと思います。湯を使えるか聞いて参ります」
そう言うと、彼はスッと障子を閉めて、廊下をパタパタと走っていった。廊下を走って叱られないのだろうか。
でも、やっと、一人になれた。
頭の整理が追いつかない。なぜ、城主にされているのだろう。まぁ、説明は受けたけど……。戦国時代って、そういう時代なのか。
そういえば、秀吉さんも、元々は農民だっけ。
しばらく、ボーっとしていると、小姓さんが戻ってきた。
「湯を用意してもらいました。ご案内します」
案内されたのは、石の風呂だった。そして、洗い場担当らしき襦袢姿の女性がいた。
「あの、ひとりで大丈夫なので……というか、ひとりの方がいいんですけど」
「で、では、こちらで控えております」
私は、なんだか落ち着かない中で、入浴した。戦国時代で初めてのお風呂だ。ねっとりしていた髪を洗ってスッキリした。
そして、石の浴槽へ。
ふう、やっぱ、生き返る〜。




