6、口の悪い美少女
「姫様、あと一日ほどで出血は止まるはずです。こちらの薬をお飲みいただけますか?」
包帯を交換してくれた年配の女性に、茶碗のような器を渡された。中には、緑色のドロっとした液体が入っている。しかも、ツンとする刺激臭がする。
私が戸惑っていると、美少女の三成さんが、私から茶碗を取り上げ、一口ごくりと飲んだ。眉間にシワを作って……苦そう。
「お奈津さん、毒ではない。少し苦いが、化膿止めの薬草をすりつぶしたものだ」
三成さんは、毒味をしてくれたのかな。この時代は、毒殺が多いのかもしれない。
「ありがとう。でも、この臭いが苦手で」
「良薬は口に苦し。さっさと飲め」
この人、かなり口が悪い。短気なのかもしれない。
薬師の年配女性も、不安そうに私の様子を見ている。飲むまで待っているのか……仕方ない。私は覚悟を決めて一気飲みした。
うぎゃ〜、臭い臭い臭いー!
スッと、三成さんが別の茶碗を差し出した。
「水だ、飲め」
私は無言で受け取り、水を飲み干した。まだ足りない感じがする。
「お奈津さんは、筒井の縁者なのか?」
「えっ? どうして?」
「いや、さっき、島左近の話をしていたからな。記憶を失っているとは思えない」
何か疑われているのかな。
「筒井順慶さんは知らないよ。島左近さんは会ったことないけど、ちょっと聞いたことがあって」
すると美少女は、フッと笑った。
「島左近は、文武両道に優れているらしい」
「へぇ、三成さんは、そのうち家臣にするんでしょ」
そう言うと、美少女はパッと顔を赤らめた。なぜ?
「お奈津さん、私はそれほどの器ではない。そうありたいとは思うが……」
「三成さんなら、島左近さんを家臣にできると思うよ」
「そうか? ふっ、ありがとう。世辞でも嬉しいよ」
実際に家臣にするじゃないの。でも、それはもっと先のことだし、私がそんなことを言うべきではない。
なんだか、美少女は褒められたと感じたらしい。トゲトゲしかった雰囲気が、少しやわらかくなった。
「お奈津さん、後で食事を運ばせる。苦手な食べ物はあるか?」
「ありがとう。癖の強い匂いのものは苦手かも」
「わかった、消化の良いものを用意させる」
そう言うと、美少女は薬師と共に部屋から出ていった。
一人になって、やっと私は落ち着いてきた。とはいえ、怒涛の展開で、正直なところ頭がついていかない。
そもそも、なぜ私はこんなに親切にされているのだろう。公家の姫だと勘違いして……政治に利用するつもりなのかもしれない。
単純に、乙女ゲームっぽく修正がかかっているため? でも、なぜこんな世界があるの? 男女逆転してるし、時代もハッキリしない。見た目もみんな若すぎる。
ここは、ボクっ娘の秀吉さんの城だと言っていたっけ。目ヂカラの強い信長さんが生きているということは、まだ本能寺の変は起こっていないはず。
そもそも、私が知っている歴史と同じなのかな?
着物の裾をめくり、左足の包帯を見つめた。ガーゼの包帯ではなく白い布かな。傷口を見てみたい衝動から、私は包帯を外した。
傷口は15センチくらいもある。数枚の葉っぱを当てられている。そ〜っと剥がしてみると……傷口に砂つぶが付いてるし。これ、先に水で洗い流さない?
ズキズキするのは、バイ菌が入ったせいかもしれない。傷口は大きく、まだ血がにじんでいるが、それほど深くはない。木の枝か何かで切ったのかな。
カバンの中には、某有名な軟膏を入れていたはずだから、傷口を洗い流して軟膏を塗りたい。でも、現代のカバンはロッカーの中。パートナーがいないと取り出せないんだっけ。
この時代には消毒薬はあるのかな。焼酎とかでアルコール消毒? 戦国時代なら怪我が多いはずだから、薬草か何かはあるよね。
私は、傷口に重ねられていた葉っぱに目を移した。薬草かな? なんだかヨモギっぽいけど。
「ジャジャーン! やっほー、なのじゃ」
いきなり、目の前にモモンガが現れた。
「お爺さん、ちょうどよかった。ロッカーを開けてカバンの中から、軟膏を取り出したいの」
「むぅ? 今は無理じゃ」
「どうして? パートナーが居れば、ロッカーの出し入れができるって聞いたのに」
「人目のない場所か夜なら可能じゃ。それより、お奈津ちゃん、喜ぶのじゃ! ミニイベントが発生したぞ」
「ミニイベント?」
「うむ。プレイヤーの行動によって発生する個人イベントじゃ。きっと良いことが起こるのじゃ。ワシはミニイベント終了まで、お奈津ちゃんと一緒におるぞ!」
左右に揺れているモモンガ……楽しそうね。でも、しゃべるモモンガなんて、怪しいじゃない。
「ワシの言葉は、お奈津ちゃんにしか聞こえぬ。他の者には、ただのモモンガにしか見えないから、安心するのじゃ」