54、女将の決意
「奈津、おまえ、そんな術が使えるのか」
政さんが、顔を引きつらせていた。なんだか幽霊でも見たような顔だ。すると、左近さんが口を開いた。
「誰にでも当てはまりそうな話だ。だが、情報屋を動揺させる話術は見事だったな」
「島様には、バレていましたか」
「おまえが、そんな妙な術を使えるなら、こんな男と一緒にいないだろうと思っただけだ」
左近さんの言葉に、政さんは苦笑いをしている。政さんは左近さんが苦手だと言っていたけど、左近さんも政さんのことが嫌いなのかもしれない。
「清さん、お茶のおかわりを置いておくよ」
女将さんらしき人が、六人分のお茶を持ってきてくれた。また、清さんって言った。親しいのだろうか。いや、それより、その呼び方……。
「あぁ、悪いな。この店の茶は美味い」
薄茶色のお茶だけど、確かに美味しい。なんだろう? この時代には、まだ煎茶はないはずだけど。
それよりも、呼び方だ。モモ爺も、店で会ったとき、店の人から、清さんと呼ばれていた。そして、吉さん……大谷吉継が、モモ爺は左近か、と言っていたけど。
やはり、聞いてみよう。
「島様、清さんというのは愛称ですか?」
気に触ったのか、左近さんにギロリと睨まれた。でも、私が真剣な顔をしていたのだろう。首を傾げている。
「おまえ、なぜ、そんなことを気にする?」
「いえ、あの、私の恩人も、清さんと呼ばれていて……そういう愛称が流行っているのかなって」
「恩人?」
「はい、彼が居なかったら、私は死んでいました」
「そうか」
そう言っただけで、左近さんはお茶をすすった。答えてくれる気はなさそうね。
「あらあら、清さんは、ほんと自分のことは話さないんだから〜。お嬢さん、彼は、島左近という名で通しているけど、島清興という名が本当の名前らしいよ」
「おい、女将!」
「ふふ、いいじゃないのさ。古い知り合いは、みんな知っていることじゃないかい。お嬢さんの恩人も清さんだなんて、なんだか縁があるね」
「そうなんですね」
女将さんは、左近さんをからかうように、そんなことを言って笑っていた。でも、とても親しそうで、優しい目をしている。
彼女は、左近さんのことが好きなのかな。でも、左近さんは、それに気づいていない。彼はゲームの攻略対象で、たくさんのプレイヤーが寄ってくるから、本当に心を寄せてくれる存在に気づかないのか。
でも……そっか、モモ爺は……だから、島左近を攻略してほしいと言っていたんだ。この目の前にいる彼は、人間不信で今にも壊れてしまいそうだから。
だけど、私は……誰かを攻略なんてできない。
私が一緒に居たいのは、ここにいる島左近じゃなくて、モモ爺なんだから。
でも、夢の中の話が事実なら、ここにいる島左近が壊れてしまうと、モモ爺はその代わりを担うことになって、その寿命に従って消えてしまうのか。
私は…………どうしたらいいのかわからない。
「お嬢さん、その恩人の清さんのことが好きなのね」
「えっ?」
目の前には、女将さんがいた。左近さんも政さんも店の入り口から、外を見ている。
「ふふっ、そういう顔の考えごとって、そういうことよね」
女将さんは、やわらかな笑みを浮かべている。私は、なぜか、じわっときてしまった。
「はい、そうだと思います……」
「私と一緒ね。手の届かない身分違いの恋かしら。同じ名前の人に惚れるなんて、私達、縁があるわね」
「女将さんは、島様のこと……」
そう言いかけると、彼女はシーっと人差し指を立てた。
そっか。料理屋の女将なら、確かに身分差が大きいのか。でも、そんなこと、気にしちゃダメでしょ。
「島様が、あんなに穏やかな顔でお茶を飲む姿は、初めて見ました。ご本人は気づいていないでしょうけど、女将さんといると居心地がいいんだと思いますよ」
「あら、まぁ、そんな。ふふ、お嬢さんは優しいねぇ」
「身分差なんて、気にしなくていいんじゃないでしょうか。島様は、家柄よりも人柄を見ている気がします」
思わずそんなことを口にして、私は、しまったと思った。この時代の人らしくないことを言ってしまった。
だけど、女将さんは驚いた顔をしたが、ふわっとやわらかな笑顔を見せた。
「そうね。頑張ってみようかしら」
「はい!」
「ふふっ、じゃあ、競争ね。お嬢さんも、頑張るわよね?」
「えっ……私は、えっと……」
「身分差なんて気にしなくていい、でしょ? ふふっ」
私は返事に困った。
「じゃあ、私からね」
女将さんは、こちらに戻ってきた左近さんの方を向いている。えっ、いま、告白する気? タイミングが悪いよ。
「確かに桔梗だった。謀反だ。すぐに向かうぞ」
私は、頷いた。
「清さん、御用が済んだら、ここに戻ってきて。話したいことがあるのよ」




