51、この世界の島左近は狂っている?
「うわっ、奈津、なんとかしてくれ」
「えっと、見送りの合図って何ですか?」
左近さんは、政さんを睨みつけていた。私の質問は無視するのね。
「おまえ、どこで何をしていた? 返答によっては……」
そう言うと、左近さんは刀に手をかけている。
「オラは、湖の祭りに行っていただけだ」
彼はなんだか、とてつもない殺気を放っている。何かあったのだろうか。でも、彼は、政さんにだけ殺気を向けているような気がする。私も一緒に行動していたのに。
だけど、政さんも私もプレイヤーだ。攻略対象の左近さんには、無条件に好印象……じゃないんだね。彼は、狂っている、か。
「島様、その合図というのは、気付きませんでした。湖沿いを西の方へ行っていましたので」
私がそう言うと、彼は刀を抜いた。ちょっと待って。なぜ、抜くのよ?
「おまえ、誰と会った? 松永の……」
松永? 誰? あ、松永久秀かな。でも、時代が微妙にズレている。史実なら、もう死んでいるはずだ。
「違いますよ。オラ達は、坂本に行っていたんです」
「は? なぜだ?」
「オラ、嫌な予感がしたんで、町はずれで馬を借りて、見に行ってきたんです」
「それで、そこで何を見た?」
「なんか呪いにかかったらしい人達が、火矢を射まくっていましたけど、夜明け前には呪いが解けたのか、おとなしく帰っていきました。でも、かなり町が焼けたみたいです」
「将門の呪いか……」
そう言うと、彼は刀を鞘におさめた。
「おまえら、寝てないのだろう。寝られるときに眠っておけ。昼までには起きろよ」
「は、はい。失礼します」
政さんは、そう返事すると、私に目配せをして、広間の奥へと逃げるように離れていった。
「なんだ? おまえも行け」
政さんの、さっきの目配せの意味はわからない。でも、たぶん左近さんは……。
「島様、ずっと起きて待ってくださっていたのですね。ありがとうございます。ご心配をおかけしてすみません」
「あ? あ、あぁ」
「秀吉様が出陣されたのは、今朝ですか」
「夜明け前だ」
「では、島様も少しお休みください。秀吉様に雇われている身としては、島様に何かあっても困ります」
「ワシのことは気遣い無用!」
そう言うと、左近さんは広間から出ていった。言葉とは裏腹に、ほんの一瞬だったが、少し穏やかな目をしたような気がした。
頑固だね。それに不器用。彼のような、真面目すぎる人柄は、こんな乱世ではしんどいのではないだろうか。
この世界の島左近は、狂っている……。
そりゃそうなるよね。信用していた人に奥さんを殺されたら……。でも、人間不信になって苦しんでいるということは、人ときちんと関わりたいからだ。
それに、言い方が不器用なだけで、おかしなことは何も言っていない。だから、あんなにたくさんのプレイヤーが彼を攻略しようと狙っているのだ。
私は、左近さんに対して特別な感情はないけど、理解はできる。お友達エンドならいけるかな。
特別な感情は……ハッ! いやいや、変なことを考えていないで、もう寝よう。
私は、広間の端に積んであった布団を広げて、中に入った。せんべい布団だね。畳の上だから、まぁいいか。
『お奈津ちゃん、島左近を救ってほしいのじゃ』
えっ? 何? 夢?
私は、緑が眩しい草原にいた。関ヶ原かな。あたりを見渡しても誰も居ない。
『このままでは、この世界の島左近は壊れてしまうのじゃ』
この声は、モモ爺?
『コピーのひとつが正しい死を迎えずに壊れてしまうと、島左近の英霊は、英霊でいられなくなるのじゃ』
モモ爺なの?
『英霊は、壊れたコピーの身代わりをすることになり、その死後は、英霊も消滅するのじゃ。そうなると、二つの世界から島左近が消えてしまう。お奈津ちゃん、島左近を救ってほしいのじゃ』
「おい! いつまで寝ている?」
私は、怒鳴り声で目が覚めた。そっか、今のは夢か。眠る前に変なことを考えたせいかな。でも、妙にリアルだったような気もする。
「おい!」
「あ、はい。すみません」
「さっさと、飯を食え。妙な伝令が来た」
私が起き上がると、目の前には左近さんがいた。彼も寝起きのようだ。さっきとは違って、目のくまが消えて、少し腫れぼったくなっている。
「何があったんですか?」
「いま、確認中だ。事実なら、すぐに京へ向かわねばならない」
「伝令です!!」
話している途中で、一人の忍びっぽい人が駆け込んできた。左近さんは頷き、広間から出ていった。
私は、布団をたたんで元の場所に戻した。
「奈津、こっちだ」
政さんが手を……いや、箸を振っている。
私は、政さんの方へ移動し、遅い朝食を食べることにした。玄米か……汁物に放り込んで、雑炊のようにして食べた。うん、この方が食べやすい。
「奈津、歴史が進んだみたいだぜ」




