46、主要な戦は起こらない
「奈津、じゃあ、そろそろ行くか」
「うん、そうだね」
政さんは話をしたいようだ。店内では、英霊の使者の話はできないからか。後ろを振り返ると、モモ爺は、居なかった。他の二人はいるが、私のことは知らないふりをしている。
店内を見回すと、彼は美樹さんの席にいた。美樹さんは彼がパートナーを務めているから、一緒にいるのが当たり前なのだろうが……チリッと胸が痛んだ。
はぁ……これって嫉妬かな。
そういえば、モモ爺は、清さんって呼ばれていたよね。私の頭の中には、平清盛しか浮かばない。
そんなに有名じゃない武将の英霊かな。彼は、琵琶湖の物語の世界に住んでいるから、この付近にゆかりのある武将だろうけど。
よく考えてみれば、琵琶湖のまわりには、城がたくさんある。秀吉さんの長浜城、信長さんの安土城、そして坂本城。明智光秀は会ったことがないけど。
この世界は、私の知る史実とは異なるらしい。
英霊の信長さんは、男女逆転の世界は平和になったが、この世界は戦ばかりだと言っていた。
もしかしたら、そろそろ本能寺の変が起こる時期なのかもしれない。
店を出ると、政さんは楽しげに祭りの案内をしてくれた。使者の話をしたいのではないのか、たわいもない話ばかりだ。
私は、彼の勧めに従って、巾着袋を買った。
「おい、奈津、巾着袋には銭を入れるなよ?」
カバンを得た私が、布袋を移そうとすると、政さんに止められた。
「カバンに財布を入れちゃいけないの? 帯が苦しいよ」
「あはは、それは食い過ぎだろ? 巾着袋なんて、簡単に奪われるからな。盗まれても困らない物の持ち運びに使うんだ」
「ええ〜」
「オラみたいにロッカーを手に入れないと、不便だぜ」
「どこにロッカーが売ってるのよ」
「売ってねぇよ。導きの社のアイテムだからな。行ってみるか? 案内してやるぜ」
そう言うと彼は、ニヤッと笑った。案内報酬狙いね。
「またにするよ。ロッカーが得られるとは限らないでしょ。それにまだ新規プレイヤーのイベントが終了してないなら、祭りから離れない方がいい」
「へぇ、奈津は真面目だな」
「そう?」
政さんは、まわりを警戒しながらも、にこやかに笑っていた。女性の視線は相変わらずだ。紫の光を放つ人がやはり多い。彼が私と一緒にいたがるのは、本当に私を盾にする気なのか。
「政さん、いま、西暦でいうと何年かな?」
「へ? そんなんわからねぇ」
「あー、じゃあ、本能寺の変って起こった?」
「いや、本能寺の変は起こらない。主要な戦は起こらないって話しただろ?」
「本能寺の変のことは聞いてないよ。でも、政さんは、なぜこの先の世界のことを知ってるの?」
「オラは、1600年になったら、三十年ほど戻るんだ。それをもう何度か繰り返している」
「えっ? タイムトラベル? タイムスリップかな」
「さぁ、わからねぇ。英霊の使者をすると、英霊の生きた時代から先へは進めないみたいなんだ。オラが最初に使者をした人は、関ヶ原の戦いで死んだからな」
「それって、この世界に閉じ込められてるじゃない」
「あぁ、いいんだ。それがわかってて使者になったからな」
「抜け出せないの?」
「自分の旅立った時代への扉を開けば、抜け出せるんだろうが、そんな気はねぇし」
「そっか」
「でも英霊達は、人間が絶滅しなければ、未来人はこのゲームをやめるだろうと言っていた。だから、いつかは、1600年から先に進めるかもしれない」
政さんは、複雑な表情をしている。
元の世界に戻る気はないようだが、このループにはうんざりしているように見える。
平和な時代ではない、戦国時代だ。おまけに、プレイヤーからも命を狙われて……あれ? さっき三成さんに会って、彼の使者になったんじゃないのかな。使者は狙われないはずだ。
まわりの視線が相変わらずなのは、私だけが狙われているのか。それなら、政さんは私から離れる方が安全なのに、なぜ一緒に行動しているの?
「あっ、奈津、あの露店も覗いていこうぜ」
巾着袋の中身は少しずつ増えていった。
ほとんどが、非常食にもなりそうな食べ物だったが、政さんもけっこうな量を買っている。一度、人目のない場所で、政さんの持ち物が消えた。ロッカーを使ったようだ。
「かなり買い込んでるね」
「あぁ、買えるときに買わないとな。戦になると、すべてが焼けてしまうだろ。餓死はごめんだぜ」
「戦が近いの?」
「は? 奈津、何を言ってんだよ。なぜオラ達が城を使えるか、忘れたのか」
「あっ、そうだった」
今夜、祭りにまぎれて、秀吉さんは出陣する。この町まで戦に巻き込まれるのだろうか。
私は城や町の守りにと、忍びとして雇われた。
祭りが終わるまで、新規プレイヤーのイベント中。まだ、油断はできない。




