44、ごはん屋にて
椅子を蹴ったのは、身なりのいい二十代後半に見えるイケメン男性だった。端正な顔立ちから、品の良さを感じる。
「よかったら、ご一緒にいかがですか。庶民の店ですけど、お武家様もお気に召すかと」
政さんにそう言われて、その男性は少し躊躇したが、不機嫌そうな顔で、政さんの隣に座った。
「政、私に何の用だ?」
「まぁまぁ、そんな顔をすると美しいお顔が台無しですよ」
「私がいるとわかって、来たのだろう?」
二人は、ギリギリ私に聞こえる程度の小声で話し始めた。もしかして、政さんが、急にこの店に入ったのは、この男性がいるとわかっていたからなのか。
「ここではアレですので……」
政さんがそう言うと、男性は立ち上がり、奥へと立ち去ってしまった。
「奈津、おまえは、食べていていいからな。オラはちょっと話してくる」
「知り合いなの?」
「あぁ、オラが捜していた人だ」
「わかった」
そっか、あのお武家様は、石田三成か。別ルートでも美少女だったけど、こっちでも端正な顔立ちに変わりはないのね。
あのお茶会で、三成さんの英霊には会えなかったけど、きっと似た雰囲気なのだろう。この世界にいる三成さんは、英霊のコピーなのだから。
「親父さん、オラ、ちょっと厠を借りるぜ」
また、大声で言ってる。ごはん屋で、トイレって大声で言うのも、どうかと思うけど、残る私への気遣いなのか。
そして、政さんは、店の奥へと消えていった。
おそらく、奥には小部屋か何かがあるのだろう。三成さんは、そこに居るのね。
一人で食事をしていると、さっきほどは見られないようになった。私より政さんが見られていたということか。
「お姉さん、どうだい? 口に合うかい?」
「ええ、とても美味しいですよ」
「そうかい、そうかい」
次の料理を運んできたときに、店主らしき人が話しかけてきた。ひとりぼっちだから、気を遣ってくれているのかな。
「何か他に食べたいものはあるかい?」
さっきは、祭りだから変な注文は受けないと言っていたのに、やはり気を遣ってくれている。政さんがしばらく戻らないことをわかっているのかな。
「魚の入ったおかゆが食べたいです。きっとすごく美味しいんじゃないかと思うので」
「おぅっ、旨い出汁がでるからな。ちょっと待ってな、すぐに作ってやるよ」
そう言うと、彼は張り切って奥へと戻っていった。
店内を見渡してみると、メニューが貼ってあった。木の板に筆で書いてあるから読みにくいけど、私が注文した雑炊は、オススメの一品になっているようだ。
あっ、あれって?
離れた席に座っている見覚えのある女性。モモ爺がパートナーをしている美樹さんだ。
彼女は、二人の男性と一緒にいる。だが、モモ爺の姿はない。邪魔しないように離れているのかな。
イベント中でも、そういえば、モモ爺は私の着物の袖に入ったまま、動かないことが多かった。あれは、きっと邪魔しないようにしていたのだろう。
人間のアバターでは、袖に入ることはできない。ログアウトしているのかな。そもそも、ログイン、ログアウトと言っていたけど……彼の本体はどこに居るのだろう? アバターのときって、乗り移っているの?
「ここにいるのじゃ」
後ろの席から声がした。振り返ると、そこにはおじさんアバターのモモ爺がいた。二人の男性と一緒のようだ。
「わっ、モモ爺! びっくりした〜」
私の声が大きかったのか、何人かの視線が突き刺さった。
「お奈津ちゃん、乗り移っているというより、アバターに身を包んでいるのじゃ」
「そ、そうなのね」
「そうなのじゃ」
あっ、こんな場所で、こんな話をしてはいけない。彼と同席している二人の男性がこちらを見ている。
「いつから、ここにいたの?」
「お奈津ちゃん達が、店に入ってくるより前からじゃ」
「ええっ? 気づかなかったよ」
「ワシは、そのときはあっちに居たのじゃ」
モモ爺は、美樹さんの方に視線を移した。離れた席だから、気づかないよね。
「真後ろの席には……」
「お奈津ちゃんの連れの男が席を立ったから、移動してきたのじゃ」
「うん? どうして?」
「長話をしに行ったじゃろ? お奈津ちゃんは、暇になるのじゃ」
すると、モモ爺と同じ席にいる一人が、会話に入ってきた。
「彼はこう言っていますけど、貴女の護衛ですよ」
「えっ?」
「しーっ! バラすでない」
何の話か全くわからない。
「お奈津さん、貴女を狙う者が急増していましてね」
どういうこと? 私は返事に困った。そもそも、彼らは何者?
「ワシから話すのじゃ。この二人は、ワシと同じく英霊じゃ。お奈津ちゃんは、プレイヤーの攻略対象になっているのじゃ」
「私はプレイヤーでしょ?」
「うむ、一緒にいた男もプレイヤーじゃが攻略対象じゃ。隠れキャラというやつじゃ」




