43、祭りの始まり
政さんは、ニカッと笑った。少年のような笑みだ。そういえば、彼は、少年の姿に戻りたいから英霊の使者になりたいと言っていたっけ。
今の姿は、イケメンだし、町の人からの好感度も高そうだ。少年に戻りたい理由があるのだろうか。その方がモテるのかな。政さんは男色だと言っていたけど、少年だと女性に言い寄られないからか。
でも、そんな単純なことではないような気がする。
彼は、何をしようとしているのだろう。
英霊の使者になると、若返ることができるようだが、そんなことをずっと繰り返していると言っていたっけ。
そういえば、彼は、この世界には、何か大きな力が働いているような気がすると言っていた。豊臣秀吉の天下統一もないし、関ヶ原の戦いも起こらない。歴史の分岐点となる戦の主要人物が、表舞台から消えていくって。
政さんは、プレイヤーだから、英霊ではない。ずっとプレイヤーでいることが、不老長寿の研究をしていたと言っていた彼にとって、何か特別な研究の一環なのかな。
いや、やはり、彼は何かを変えようとしている?
「奈津、また、ボーッとしてねぇで、来いよ。祭りが始まったぞ」
「あ、うん。でも、左近さん達が事情聴取をしてるみたいだけど、遊びに行ってしまって大丈夫?」
「まぁ、そうだな。ご機嫌うかがいのついでに、三成さんの居場所を聞いてみようか」
「苦手なんでしょ?」
「あぁ、まぁ……あの人とは、まだあまり話したことがないしな」
そう言いつつも、政さんは、笑顔で左近さんの方へと近寄っていった。
「島様、石田様はどこにおられるのですか」
政さんは、自然な笑顔だけど、きっとかなり頑張って話しかけている。
「知らん」
「今回の祭りの準備は、石田様が仕切っておられると聞きました」
「ワシは、忙しい」
左近さんって、ほんと、人を寄せ付けない。信頼していた人の家臣に奥さんを殺されて、疑心暗鬼になっているのは理解できるけど。
彼は、負傷して倒れている人達に状況を尋ね、そして鉄砲隊に指示をしている。軍師としても有能なのかな。
「おまえもここに居たな。何か襲撃者についての情報はないか」
突然、私に話を振られて少し驚いた。左近さんの話し方はキツイが、政さんへの態度ほど冷たくはない。
「黒頭巾の忍び達が、無差別に襲っていたので……」
「あっ、奈津、敵が投げたクナイを拾っただろ」
政さんにそう言われて、私は、持っていたクナイを、左近さんに差し出した。
「ほう、奴らは証拠を残さないように、回収していったようだが……これは、やはり、百地か」
彼は、クナイを鉄砲隊の人に渡した。忍びの武器に詳しい人がいるのかな。
「工作にも使えるから、これはワシが預かっておく」
「あ、はい」
「おまえらは邪魔だ。町の巡回でもしていろ」
そう言うと、左近さんはスタスタと離れていった。不器用な言い方だけど、祭りを楽しんで来いという意味に聞こえる。
「ふぅ、これで許可が下りたな。奈津、祭りだぜ」
「クナイを没収されたけど」
「銭はあるんだから、祭りで買えばいいじゃねぇか」
「武器なんか、売ってるの?」
「あぁ、怪しい露店もあるからな。行くぞ」
政さんに連れられて、町の中を歩いた。やはり、女性の視線が痛い。別ルートに比べて女性が多いように感じるが、プレイヤーの女性が多いのか。
「おっ、腹ごしらえをしようぜ」
そう言って、政さんは、ふらっと店に入っていった。
「まいどー。なんだ、政か。今日は祭りで忙しいんだ。変な注文は受けないからな」
「自慢の料理でいいぜ。この人が空腹で死にかけてる」
そう言って、政さんは私を指差した。いや、そこまでじゃないけど、適当に話を合わせておくべきかな。
「たまげたな、政が、べっぴんさんを連れてきたぞ」
店の主人らしき人は、本当に驚いているようだ。
政さんは慣れた様子で、四人がけのテーブル席に座った。私も座ると、店内の全員に、好機の目で見られているような気になった。
居心地が悪すぎる。
「奈津、この店の魚料理は、偉い殿様までがお忍びで来るほど美味いんだぜ」
「そう、楽しみね」
政さんが、まるで店主を煽るように、そんなことを大声で言っている。当然、店主は気合いを入れたようだ。
次々と料理が運ばれてきた。
「支払いはオラが引き受ける。たくさん食べな」
なんだか、政さんの言い方に引っかかりを感じた。いちいち大声で言わなくてもいいのに。
琵琶湖で獲れた魚だろうか。煮付けになっているものは、とても美味しい。ご飯は玄米が混ざっているのか少し硬い。そういえば、別ルートでは、おかゆばかりだったっけ。
「どうだ?」
「煮付けがすごく美味しいよ」
ガン!
「羽振りの良さそうな兄さんだな」
突然、見知らぬ男性が、政さんの椅子を蹴った。




