40、忍びの襲撃
「うわぁ、面倒くさいことになってるぜ」
政さんは、双眼鏡のような道具で湖岸の方を見て、明らかにゲンナリとしている。私には、何が起こっているのかわからない。
「政さん、私にはわからないんだけど」
「奈津、おまえ、戦えるよな?」
「いや、無理だよ」
「忍びだろ? それに、島左近と互角なんじゃねぇの? あの人、剣豪だぜ。史実ではあの人の娘が柳生に嫁いでるだろ」
「ええっ!? そうなの?」
柳生って、柳生一族の柳生? 知らなかった。
「この世界の島左近は、おかしくなってるから、ちょっと違うかもしれねぇけどな」
「おかしくなってる? どういうこと?」
「あっちの男女逆転の世界だと、島左近はまだ今浜には来ていないだろ?」
「そういえば、そうね。史実でも、確か、豊臣秀吉が天下統一した後に、石田三成の家臣になる。今、まだ、秀吉さんは長浜城にいるし」
「島左近は、妻を殺されたんだ。たぶん仕えていた主君の側近にな。だから、史実より早く、出奔したんだ」
「えっ……」
「こっちの世界は、関ヶ原の戦いが起こらない。豊臣秀吉の天下統一もないんだ。ずっと戦乱が続く。大きな節目となる戦の主要人物が、表舞台から消えていってる。オラは、何か大きな力を感じるんだ」
政さんは、とても力強い目をしていた。何かを変えようとしているのかな。
「話しすぎたな、悪い、忘れてくれ。奈津、これを使え」
政さんは、私に短刀を渡した。
「何、これ、刀?」
「あぁ、オラには使えない短刀だ。忍びが使うもんだし、奈津を騙したようになってたからな……まぁ、その詫びだ」
「くれるの?」
「あぁ、安物だからすぐに駄目になるだろうが、ないよりはマシだろ?」
「ありがとう。でも私……」
こんな銃刀法違反なもの、初めて触った。怖い……。
「この世界では、やらなきゃやられる。奈津、湖岸では、いま大量に、しかも手当たり次第に住人が斬られてるぜ」
「どうして? 新規プレイヤーのイベントで人を斬るの?」
「最初の全体イベントは、戦だからな。今回は祭りだから、喧嘩かと思ってたけど、違った。襲撃者からの生き残りイベントだ。新規プレイヤーにはキツイぜ」
「だから、サポートが必要なのね。襲撃者もプレイヤー?」
「いや、襲撃者は、どこかの忍びだろうな。秀吉さんの出陣を予想して邪魔しに来た敵方に雇われてるんだろ」
それって、本当の襲撃じゃない。イベントと言うからゲームかと思っていたら、生き残りサバイバル……。
そうか、別のルートでの川中島の戦いも、私は離れた場所だったけど、戦場に入ったプレイヤーは、生き残りサバイバルか。
「奈津、行くぞ! 新規プレイヤーをひとりでも助ければ、それで強制サポート完了だ」
「うん、あれ? 政さん、いつのまにか武士になってる」
彼は、腰に刀を二本さしていた。
「オラには、どこでも取り出せるロッカーがあるからな。便利なアイテムだぜ」
「へぇ」
政さんは、歩くスピードを速めた。風に乗って、プンと嫌な鉄くさい臭いがする。血なのか。
政さんは、刀を抜いた。
私も、短刀を抜き、鞘を後ろの帯に差し込んだ。
湖岸は、まるで戦場のようだった。襲撃者は思ったより多い。確かに忍びのようだけど、二つの勢力に見える。黒頭巾のグループと、覆面をしていない忍び装束のグループ。
「政さん、誰がプレイヤーかわからない」
「新規プレイヤーには、必ずパートナーがいる。二人一組になってるのが新規プレイヤーだ。オラ達も、新規プレイヤーだと勘違いされてるぜ、クククッ」
キィン!
飛んできた何かを、私は短刀で弾いた。
「クナイ?」
「奈津、敵の道具に触れるなよ。毒が塗ってあることが多い……お、おい!」
「クナイをゲット! 武器が増えたよ」
「コラ、おまえ、人の話を聞けよ」
「大丈夫、私は毒が塗られているかはわかるから」
私がそう言うと、政さんはニヤッと笑った。信用していない顔に見える。まぁ、別にいいけど。
私達は、二人一組でいる人達を、襲撃者から守っていった。そもそも襲撃者は、住人の誰かを狙っているわけではなさそうだ。だから執着しないで、次々と手当たり次第に攻撃している。
まるで、誰かをおびき寄せようとしているようだ。
「奈津、オラは知り合いに助太刀してくる。無理するなよ」
「わかった」
政さんは、男性が数人集まっている方へと駆けていった。黒頭巾の忍びがたくさんいる。だから、私を置いて行ったのか。
「早く立つのじゃ!」
私は、聞き覚えのある声に、ハッとした。
声が聞こえた方を見ると、女性が腰を抜かしていて、男性がその女性をかばいながら、刀を振っている。
その周りには、倒れた男女がたくさんいる。女性は、その倒れた人達の血に怯えているようだ。
きっと、モモ爺だ。助けなきゃ!




