4、新たな世界への出発
目の前で、また左右に身体を揺らすハムスター……いや、モモンガが、ジッと私の反応を見ている。
正直なところ、モモンガって言われてもわからない。お爺さんは、初期アバターだと言っていたが、姿は変わっていくのだろうか。
すると、お爺さんはパッと両手を広げた。あっ、ムササビみたいに膜がある。滑空するタイプの小動物だっけ。リスっぽくも見える。
「ムササビみたいにデカくないのじゃ。ムササビが良いのか?」
「違いはわからないです。実物を見たことないですし」
「ムササビは、デカくて可愛くないぞ」
「へぇ」
「つ、冷たいのじゃ。この話題はやめるのじゃ。注意事項のお話をして、ワシは消えるのじゃ」
「えっ? 消える?」
「ずっと一緒にはいられないのじゃ。でも、イベントのときは一緒にいられるのじゃ」
また、ゲームのような話をしている。謎のお爺さんはゲームをしていて、私はお爺さんのプレイヤーらしいけど、そんな不思議な世界なんて……。
「では、注意事項の説明をするのじゃ。お奈津ちゃんは、乙女ゲームをやったことはあるかの?」
「スマホゲームなら、少しは……」
そう答えると、モモンガはコクコクと頷いた。
「攻略対象と親しくなると、親愛ポイントが増えていくのじゃ。100ポイントを越えれば、お友達エンドに進むことができるから、島左近と仲良くなればよいのじゃ」
「はぁ」
「イベント3回でクリアできなかったら、失敗になるのじゃ」
「失敗?」
「うむ、そうなると、お奈津ちゃんは出られぬ。この世界で一生暮らすことになるのじゃ。ワシがオススメの青い扉、いや緑の扉に進めなくなるのじゃよ」
お爺さんは、私をそのストーリーの世界に進ませたいみたいだ。クリアすれば、他のストーリーを選べるという仕組みらしい。そういえば、受付嬢っぽい人が、そんなことを言っていたような気もする。
「攻略対象は、島左近しか居ないの?」
「おぅぅ……たくさん居るのじゃ。武将はすべて攻略対象じゃが……ワシは島左近を攻略してほしいのじゃ」
モモンガは、下を向いてしょんぼりしているように見える。よくわからないけど、ずっと島左近って言っているから、何かこだわりがあるのかもしれない。
「どうしても無理なら、他の攻略対象でもクリアできるが……ワシは、できれば島左近を攻略してほしいのじゃ。そのためなら、このストーリーの情報集めも頑張るのじゃ」
なんだか、必死なモモンガ……。
「そう……」
「つ、冷たいのじゃ」
地面にガクリと両手をついているモモンガ……。ちょっと芝居くさい。
「はぁ……よくわからないけど、わかったわよ」
すると、パッと立ち上がり、つぶらな瞳をキラキラさせるモモンガ……。
「よかったのじゃ。ワシも頑張るのじゃ!」
左右に揺れているモモンガ……。この仕草って、機嫌が良いということかな。いや、不安を紛らわしているのかもしれない。
そんなことを考えていると、ピタリと動きが止まった。なるほど、無意識の癖なのかもしれない。
「で、では、お奈津ちゃんを物語の入り口に運ぶのじゃ。あっ、名前を聞かれたら、名字は言わない方が良いからの」
「わかったわ」
「それでは、新たな世界へ出発じゃ!」
ふわっと、浮遊したような気がした。
だが、その直後、足元が真っ暗になった。私は、穴の中へ落ちていくような感覚に、恐怖を感じた。
「痛っ!」
大きな落とし穴……しかも、私だけじゃない。他にも大勢の人が居る気配がする。なんだか鉄臭いような変な臭いが漂っている。みんなグッタリとして……気絶しているの?
「おーい! 大丈夫か?」
上の方から、声が聞こえた。上を向こうとしたけど、強烈な睡魔に襲われ、私はスーッと眠りに落ちた。
ガタン!
近くで誰かが転んだような音がした。
うっすらと目を開けると、天井が見えた。音のした方へ目を移すと、障子越しに人影が見える。
これは、どういう状況なのだろう。
私は、立派な布団に寝かされていたらしい。起き上がろうと上体を起こすと、左足に激痛が走った。なぜ?
服装は、見覚えのある着物だけど、足の方は血で汚れているようだ。左足には包帯が巻かれている。
あっ、落とし穴に落ちたときに怪我をしたのか。誰かが治療をして、寝かせてくれていたのかな。
病院ではなく、普通の……いや、高い旅館のような立派な和室。500年近く遡っているなら戦国時代か。
ここはどこ? 関ヶ原、なのかな?
スーッと、障子が開いた。そこには、十代後半くらいの男子が立っていた。
「あっ! お目覚めですか、姫様。すぐに誰かを呼んで参ります」
彼は、慌てて廊下を走り去った。
姫様って、私のこと? なんだか盛大に勘違いされているけど。