39、湖の祭りに
「今夜は祭りだ。町の守りも兼ねて、おまえは祭りに参加しろ」
「えっと……」
左近さんにそう言われても、私はどこに行けばいいかわからない。お祭りの警備は必要だと思うが、私にそんなことができるのだろうか。
「政、お奈津ちゃんは、湖の祭りがわからないんじゃない?」
秀吉さんは、まるで政さんに、私を連れて祭り見物をしろとでも言っているかのようだ。彼が男色なのを知っているんじゃないのかな。
「一緒に行くつもりですよ。オラも、その方が都合がいい」
なんだか意味深にも聞こえる政さんの言葉に、秀吉さんは優しい顔で頷いている。
「夜深くなれば、二人とも城に戻っておいで。その頃にはボク達は居ないから、広間は自由に使っていいよ」
「えっ、あ、はい」
広間ってことは、別ルートでみんなで食事をしていた部屋かな。泊めてくれるということだろうか。
城を出て、政さんと琵琶湖に向かった。
さっきの立派な屋敷が並ぶ通りではなく、普通の民家が並ぶ通りを歩いている。とても賑やかなのは祭りの準備をしているためだろうか。
「政さん、さっきの都合がいいって何?」
「あぁ、オラ、女と一緒にいる方がいいんだ」
「男色っていうのは嘘なの?」
「そこは嘘じゃないぜ。まぁ、そのうち、いや、もうわかるだろ?」
政さんはそう言うと、私のひじをつかんだ。意味がわからない。あっ、わかった。
「ちょっと、私を盾にする気なの?」
通りのあちこちにいる多くの女性が、紫色の光を放った。私を睨む視線が突き刺さる。政さんが、自分はモテると言っていたのは、本当のことのようだ。
「奈津、おまえ、キツイ女だな。普通なら、オラみたいな男に手を取られたら、ポッと頬を染めるだろ」
「馬鹿じゃないの? あー、幕末って、そういう時代なのかな」
「おまえの時代は違うのかよ」
「男女平等をかかげてるわね。実際には不平等だけど」
「へぇ、おもしれぇ。強い女は嫌いじゃないぜ」
「あっそ」
「クククッ、照れたのか? 奈津」
「そんなわけないでしょ、馬鹿じゃないの?」
彼のペースにはまってしまったのか、いつの間にか、ため口で話せるようになっていた。余計に恋人同士に見えてしまうじゃない。
『新規プレイヤー限定の全体イベントが発生しました。既存プレイヤーの皆さんは、サポートをお願いします。サポート特典は一律で配布します。サポート実績がなければ回収し、ペナルティを与えます』
突然、頭の中に、無機質な声が響いた。
「政さん、聞こえた?」
「あぁ、今回は強制サポートかよ。ついてねぇな」
「何をサポートすればいいか、言ってなかったよね。どんな全体イベントなの?」
「さぁな。あぁ、なるほど」
政さんは苦笑いしている。あっ、帯に重さを感じた。見ると、布袋が引っ掛けられていた。政さんも同じだ。彼はそれをサッと外して、懐に入れた。
「何?」
「奈津も、さっさと隠せ。狙われるぜ」
そう言われても、この着物は袖も小さいし、カバンもない。懐には、左近さんの財布を入れているから、これ以上は無理だ。
でも、帯にぶら下げているわけにもいかないか。私は布袋を外して手に持った。中身は、左近さんから預かったよりたくさんの明銭が入っている。
「お金だよ?」
「あぁ、銭が必要なサポートだ。こういうときは、何も仕事をしないと没収されて、きつい罰をくらう」
「どんな罰?」
「ここから追い出される。再び、扉の間だ」
「ふりだしに戻るの?」
「あぁ、しかも、同じ扉の選択権がないから、別の扉の先に進むしかない。ひどいときは、扉が一つしかないときもある」
政さんは、その経験者か。苦々しい顔をしている。
「どんなサポートなのかな。お金が必要なサポートって」
「おそらく、戦国時代をなめているプレイヤーの引き締めだ。大量に新規プレイヤーが入ってきたんだと思う。オラ達の仕事は、敗れたプレイヤーの救護だろう」
「薬を買ってあげるとか?」
「その前に、飯だろうな。あとは宿か。宿なら、状況によっては城の広間を使えそうだけど。奈津、手で持ってないで、帯の中に入れろ」
「へ? どうやって? あっ」
政さんは、私から布袋を奪うと、一瞬ためらった後、私の帯に、布袋の紐を巻きつけ、布袋を帯の隙間にねじ込んだ。
「なんだよ? 盗もうとしたわけじゃねぇからな。女に触れるのは抵抗があるんだよ」
「ふぅん」
「おまえ、オラを信じてないな?」
「何も聞いてないのに、よくしゃべるのね。怪しい〜」
私がそう言うと、政さんは頭をポリポリとかいた。
やはり、強奪しようと思ったのかな。だが、紫色の光は放っていない。まぁ、あまり信用しない方がいいことだけは確かね。
キャー!!
うわぁー!
湖岸の方から次々と悲鳴が聞こえてきた。あたりは一気に騒然とした。




