38、手合わせの結末
パァン!
私は気づいたときには、倒れていた。瞬時に間合いを詰められて、木刀で腹を殴られたのか。
「ゲホゲホッ。くっ……」
私は強い衝撃に、一瞬、息ができなかった。
「何を呆けておる。今のが戦場なら、おまえは死んでいるぞ」
島左近は、冷たい目で私を見ている。不意打ちなんてひどい。だが、今は戦国時代、ボーッとしている方が馬鹿なのか。
まわりでは、クスクスと笑う声がする。
さらに、あの女は手合わせのフリをして始末されるんじゃないかという声も聞こえた。
まさか、攻略対象がプレイヤーの私を殺すわけはない。まわりの人達の願望なのだろう。
彼は私が立ち上がるのを待っているようだ。殺すつもりなら、待つわけがない。私は、ヨロヨロと立ち上がり、呼吸を整えた。
ふぅ、木刀が当たったのが帯で助かった。いや、違う。彼は、わざと帯を狙ったのか。
私が立ち上がり、木刀を構えると、彼はニヤッと笑った。あっ、彼はわずかに白い光を放っている。やはり、敵ではない。
なんだか、自分で自分に驚いた。私は、木刀の握り方がわかっている。それに、彼の構えから、どこを狙っているかもだいたいわかる。
「ふっ、やはりな。伊賀者か」
「さぁ、どうでしょう」
適当に、はぐらかすと、彼は好戦的な笑みを浮かべた。島左近って、剣道が好きなの?
ガチッ
打ち込まれる太刀筋を予測し、木刀を受けた。ジンと腕がしびれるほど重い一撃だ。
彼の二撃目は、スッと横に移動してかわした。そして、振り向きざまに、腹を狙って横に振ったが、ガチッと止められた。
「嘘っ……」
「フン、見え透いた手だ。引っかかるわけなかろう」
くっ、悔しい。どこに打ち込んでも、必ず止められる。だが、私にも彼の木刀は当たらない。正面から受けるのは不利だとわかった。だから、なるべく避けた。
「ちょこまかと……猿みたいにすばしっこい奴だな」
そう言いつつも、彼は楽しそうにも見える。
「誰が猿なの?」
不意に、からかうような陽気な声が聞こえた。声のした方には、秀吉さんがいた。
「邪魔をしないでいただきたい」
彼は急に不機嫌な表情を浮かべたが、秀吉さんの方へと歩み寄り、軽く頭を下げた。言葉と態度がちぐはぐだ。
「ふふっ、怒られちゃった。左近、その子は使えそう?」
「伊賀者とは少し太刀筋が違うようですが、悪くはありません」
「そう、政がね、彼女は仕える先を探しているというんだ。ボクは明日から城を離れるから、彼女を雇おうかと思うんだけど」
「連れて行かれるのですか」
「城と町の守りだよ。左近も、使える者は一人でも多い方がいいでしょ」
「現状でも、構いませんが……彼女が敵方に付くのを避けるために雇うなら賛成です。忍びは、金さえ払えば裏切らないはずですからな」
私は、忍びだとは一言も言ってないのに、そう決め付けられている。政さんが、そう言ったのかもしれないけど。
「じゃあ、お姉さん、今からよろしくね。えっと、名前は、お奈津ちゃんだったかな」
「はい、奈津と申します。よろしくお願いします」
「うんうん、とりあえず左近に預けるね。わからないことは、彼に聞いて。あっ、それから、ボクが城を離れることは内緒だから」
「はい、承知しました」
「今夜からの祭りに乗じて、出陣する。城に残る者は、賑やかに通常通り、過ごしておくれ。あちこちに間者がいるだろうからね」
秀吉さんは、道場に居る人達を見回して、そう言った。城主なのに、やはりこの人は親しみやすい。皆の心をガッチリとつかんでいるようだ。
しかし、出陣か。どこに戦に行くのだろう。
「奈津、おまえ、こんなとこに居たのか」
道場を出たところで、政さんが駆け寄ってきた。
「政、お奈津ちゃんはボクが雇うことにしたよ」
「そうですか、よかった。奈津は一文無しなんですよ」
「じゃあ、前金だね。忍びは基本、前金制だもんね」
そう言うと、秀吉さんは金ピカな金貨を取り出し、私に渡した。金貨なんて、価値がわからない。
私がよほど驚いた顔をしていたのか、左近さんがフッと笑った。
「左近が笑った。珍しいこともあるもんだね」
「あまりにも間抜けな顔をしているから、つい……。秀吉様、庶民に金貨は、逆に困惑させるだけでしょう」
「じゃあ、左近が両替してあげて。祭りに使うだろうから、明銭がいいね」
「今すぐに両替できるほどの持ち合わせはありませんが」
私は、とりあえず金貨なんて困るから、彼に金貨を渡した。すると心底嫌そうな顔で、小袋を渡された。中には、図鑑で見たことのある真ん中に穴の空いた銭が入っている。
「あ、あの……」
「必要な分だけ使え」
「はい、ありがとうございます」
「ふふっ、お奈津ちゃん、たぶん、得しちゃったよ」
「えっ!? あ、必要な分だけ使います」




