36、長浜城へ
「奈津、いろいろ悪かったな」
英霊たちが集まる屋敷から出てすぐに、政さんは私に謝った。いま、私達は町の中を歩いている。
「知らないことばかりで驚いたけど、連れて行ってくれてよかったですよ。」
「そうか、それならいいが。だけど、とんでもないことになっているな、おまえ」
「あー、うーん。私はまだピンときていないけど、彼らの方が慌てていたみたいで」
「奈津は、そのうち英霊になれる可能性があっただけなのに、希望宣言しちまったからだろ。オラも、そのあたりはよく知らないが」
「そっか。そういえば、みんなポイントがどうとか言っていたけど……それで姿が変わるの?」
「英霊は、ポイントが稼げないと消滅しちまうからな。ポイントで交換する生命維持のアイテムがないと、どんどん老いていくらしいぜ」
「へぇ、生命エネルギーみたいなものかな」
「だろうな。ポイントを稼ぐのは、歴史に名を残した人じゃないと厳しい。だけど、そんな有名人だけではパートナー不足になるから、無名の英霊もたくさんいるぜ」
「政さんは、仕組みを熟知しているのね」
そう話すと彼は空を見上げて、遠い目をしたように感じた。私はマズイことを言ってしまったのかな。
「あぁ、なんだかんだで、百年以上こんな暮らしをしている。オラは、不老長寿の研究をしていたんだ。未来人にはその技術があるが、だからこそ滅びに向かってしまうんだよな」
「えっ?」
「オラ、最初は物語をクリアして、未来人の知識を持って自分の時代に戻ろうと考えていた。でも、いろいろ知るうちに、考えが変わったんだ」
「そう」
政さんは、なんだか寂しそうな笑みを浮かべている。過去の自分を思い出しているのかな。
「奈津、オラはこのまま城に向かうが、おまえはどうする?」
前方を見て、私はギクリとした。長浜城に続く道には、検問所のようなものが見えた。
「あれって、関所?」
「ハハッ、関所は街道にあるもんだぜ。不審な者が城に入らないように見張っているだけだ」
「私は通れるのかな?」
「オラと一緒なら大丈夫だ」
この機会を逃すと、通れないかもしれない。秀吉さんや三成さんがいるはずだ。
「じゃあ、私も行く」
そう答えると政さんは、子供のようにニッと笑った。
「オラも助かるぜ」
「何が?」
「行けばわかる」
政さんって、そればっかりだな。事前に説明したくない性格なのだろうか。
「止まれ、町人か? あん? 政か」
「おつとめご苦労様です」
「女連れとはどういうことだ? しかも、妙な女だな」
「彼女は、仕える先を探してるんですよ。オラ、相談されちまって」
「ふぅん、伊賀者か?」
「オラ、女には興味ないんで、あんまり事情は聞いてないんすよ。以前、石田様が、忍びを探しておられたので丁度良いかなと思って」
「そうか、まさか刺客じゃないだろうな?」
「大丈夫ですよ。彼女は、武器も金も持ってないんで」
「追われる身か? 抜け忍か」
「さぁ、そんな感じだと思いますけどね」
政さんは、ペラペラと嘘を並べているのかな。よどみなく話す感情豊かな表情からは、適当な作り話には聞こえない。天才的ね。
私達は、無事に城門をくぐることができた。
政さんは、勝手知ったる感じで、スタスタと進んでいった。そして、見慣れた中庭が現れた。別のルートと同じ造りになっているようだ。
「勝手に立ち入るなと、何度言えばわかる? 斬り捨てられたいか」
スパーンと障子が開き、中からは厳しい表情の三十代半ばに見える男性が現れた。あっ、英霊とは見た目は違うけど、この感じはきっと……。
「うげっ、島様、申し訳ございません。石田様がこの辺りにいらっしゃると聞きまして……」
「嘘ばかり申すな! 門番が彼の居場所を教えるわけはないだろう。その背後の忍びは間者ではあるまいな?」
彼に睨みつけられ、私も政さんと同じく冷や汗が出てきた。この人が島左近なんだ。攻略対象ってプレイヤーには優しいんじゃないの?
「何を騒いでるの? おや、政、久しぶりだね。珍しく女の子と一緒なんだ」
廊下を歩いてきた三十代半ばに見える愛嬌のある男性は、政さんに親しげに声をかけた。
「秀吉様、ご無沙汰してます。オラ、石田様を捜していまして……」
「ふふっ、ウロウロしていて左近に叱られたのかな。三成は、今は町に行ってるよ」
「すれ違いになってしまいましたか」
「夕刻には戻ってくるよ。その様子だと、例の件の依頼かな」
「はい」
「もう一人の三成を捜す方が早いんじゃない? 政は、彼らの集会所に行く道具を持っているでしょ」
「いまは持ってないのです」
「そっか。じゃあ、ボクが連絡してあげようか? ボクの使者が今ちょうど来ているから」
「はい! お願いしたいです」
「左近、彼らを案内してあげて」
「御意」




