34、できなかったら消去?
「おまえの長話のせいで、茶が冷めてしまったじゃないか」
信長さんは、シャシャシャシャと、いい音を立てている。私は茶道はわからないけど、その所作が洗練されたものだということはわかった。
「奈津、こっちを飲め」
そう言って信長さんは、私に立派な茶器を渡した。とは言っても派手なものではない。とても上品な茶器だ。
「ありがとうございます。でも、私、茶道は全く知らないので……」
「そんなものは、気にする必要はない。ここは茶室ではない。ただの茶会だ」
「はい。いただきます」
私は、茶器に顔を近づけた。ふわっといい香りがする。抹茶のお菓子は好きだけど、抹茶はあまり得意ではない。
うわっ、すごく美味しい。
信長さんが、私をジッと見ている。感想を求められているのかな。ワインのように表現方法に決まりがあるのだろうか。
「どうだ? 口に合うか?」
「はい、抹茶は得意じゃなかったけど、これはとてもいい香りがして美味しいです。優しい気持ちになります」
「フッ、そうか。奈津は、少し薄い茶の方を好むと思った。予想通りだ」
信長さんは、フフンと得意げな表情を見せた。ちょっとかわいくも見える。
「ん? 奈津、我を……」
「口説いていません!」
「ふふっ、相変わらずキツイ女だな。そんなんだから、容姿も妖しく変わったんだな」
「えっ? 姿は変わるのですか」
「あぁ。だから我々は、面倒なポイント稼ぎをしている。だが、プレイヤーの姿が変わるのは妙だな」
信長さんの発言に、他の人達も頷いている。
改めてぐるりと見回すと、みんな、それぞれお茶を飲み、菓子をつまんでいる。英霊たちのお茶会なのね。
「奈津、なぜ茶会を開くのか気になるのか?」
考えたことを瞬時に言い当てられ、私は驚いた。そういえば、モモ爺も、私が何も言わなくても私が考えていることがわかったわね。あれは、パートナーだからだと言っていたけど、英霊だからわかるのかな。
「奈津のパートナーは誰だったんだ? 完全な秘密主義か。名のある武将ではなさそうだな。英霊は、人間の思考を察知できる。じゃないと、歴史の軌道修正ができんからな」
「すごい能力ですね。英霊同士でもわかるんですか?」
「いや、英霊同士はわからん。だから、こうして集まって、情報共有をする必要があるのだ。情報放出という方が正しいか。知る情報を放出し、必要なものを必要な者が受け取る交換会だな」
「へぇ、なんだかすごい」
あ、だから逆に、英霊は英霊がわかるのね。モモ爺は、パートナーはわかると言っていたけど、思考を察知できない人は英霊ということか。
「あぁ、と言っても、茶会には、歴史を動かす主要な奴しか招かれないがな。奈津のパートナーだった者は、おらんだろ?」
「顔を知らないから、わからないです」
「アバターだったのか? いや、奈津にこの世界の説明をするときに、会ったはずだが」
少し若い声になっていたけど、でも狐のお面をつけていたからわからない。もう一度ぐるりと見回したけど、誰も狐のお面なんかつけていないもの。
「お奈津さん、我々英霊のことは、内密にしておいておくれ。我々のコピーは、英霊がこんな近くにいるとは知らないんだ。そして、こんなゲームのようなことをしていることもね」
「はい、わかりました。あの……」
さっきからずっと説明してくれている、この人は誰? やわらかな雰囲気は、越後の……。
「ふふっ、正解だよ。お奈津さん、あの奇跡を再びこの世界で起こせば、英霊になれるよ。考えておいてくれ」
「謙信、おまえ、また奈津を取り込もうとして!」
信長さんは、刀を抜いた。だけど、謙信さんは冷たい眼差しを向けただけだった。
「信長さん、すぐに刀を抜くのは良くないですよ。謙信様、私は、その英霊希望だと言ってしまってるのです」
「なっ!? どこでその話をした?」
あれ? 信長さんが慌てた顔をしている?
「この世界への扉を選ぶ扉の間です」
シーンと、静かになった。
あれ? 淡い光の玉が行き交っている。これが情報放出? 英霊たちが、急に情報交換を始めたようだ。なぜ話さないの?
「お奈津さん、不安にさせてしまったね。言葉だと情報交換がとんでもなく遅いからね」
データを一気に送っている感じなのかな。
「そうなんですね」
「いま、いろいろ検討した結果、お奈津さんは、そのせいで姿が変わったようだ。もう一つの世界は、性別を逆転させている。だが、お奈津さんは今はプレイヤーだから、そうするわけにいかない。だから、真逆な姿にされてしまったんだよ」
「えっと?」
「未来人は、お奈津さんを英霊にしようと決めたようだね。お奈津さんは、この世界で奇跡を起こすしかない。できなかったら、消去されてしまうよ」
えっ、殺されるってこと?




