32、旅館のような大きな屋敷
「大物って誰?」
「それは、着いてからのお楽しみだ。別の扉の先と彼らの姿はあまり変わらないから、すぐにわかるぜ」
「そう」
政さんは扉すべての先に行ったことがあるのだろうか。私は少し違和感を感じた。私が男女逆転の世界に行っていたことに気づいたのではないのか。いや、わかっていて意地悪を言っている?
導きの社で、無表情な女性が言っていたことを思い出した。プレイヤーを信用しすぎてはいけない。プレイヤーは、善意で行動しているわけじゃない……潰しあっているのだから。
少し湖から離れると、町は閑静な大きな屋敷が増えていった。政さんは、その中の旅館のような屋敷に入っていった。
「なんだ、政、また来たのか」
入り口を入ったところに、刀を腰にさした男性が数人いた。屋敷の人というよりは、見張りか何かにも見える。
「旦那、今日は皆さんお揃いでしょう?」
「懲りない奴だな。女が手土産か?」
彼らの視線は私に向いている。やはり、船頭と同じく、いやらしい笑みね。そういう風に見えてしまう顔だから仕方ないか。
「手土産といえば、手土産ですね。じゃ、上がらせてもらいますねー」
政さんに目配せをされ、私は何も言わずについていくことにした。船頭のときは、すぐに否定してくれたのに、今回は誤解だと言わないのも、何かの策があるのだろう。
そう思わせておく方が、通してもらいやすいことは、私でも理解できた。
私の姿を見て、モモ爺が慌てていたのはこういうことか。この顔だと、遊女だと思われる。そういえば、最初に遊郭が作られたのは、豊臣秀吉の時代だっけ。
いま、何年なのかな。本能寺の変は、もう起こったのだろうか。
政さんは、慣れた様子で廊下を進み、見張りのいる部屋の前で、立ち止まった。
「なんだ、おまえ、また来たのか」
「少しお邪魔させていただいても?」
見張りは、やはり武士のようだ。中にいるのは、偉い人っていうことね。城勤めの武将かな。
彼らは、私をチラッと見て、怪訝な顔をした。入り口にいた人達とは反応が違う。
「連れている女は、何者だ。足音をさせぬ歩き方と隙のない目つき、伊賀者にありがちな狡猾さを備えているようだが」
「彼女は、奈津です。オラと同じく、湖に浮かぶ小島の生まれですよ」
「おまえの話は、いつも嘘ばっかりじゃないか」
「通してくださいよ」
この人は、よくわかっている。かなりのキレ者ね。
スパァン!
小気味よい音で、ふすまが開いた。するとキレ者の武士は、慌ててその場で平伏した。
「何を騒いでおる!」
中から出てきたのは、目ヂカラの鋭い男。手には刀を持っている。服装は、町人と同じような着物だけど、変装だろう。
彼は、私を見て、首を傾げた。
「のぶ……三郎様、刀をお納めください」
部屋の中から、声が聞こえた。かなり広い部屋には、十数人の人がいる。ふわっと、抹茶の香りがした。
三郎ということは、この人は織田信長!?
そうか、男女逆転の物語でも、秀吉さんの城に、信長さんが馬でちょくちょく襲来していた。安土から長浜は、そんなに距離はないか。
そんなことを考えていると、すぐ目の先に刀を突きつけられていた。一瞬、叫びそうになったけど、必死に我慢した。
「女、我を知っているか?」
「初めてお目にかかります」
「であるか。いや、おかしい。女、我に夜伽を命じられたことがあろう?」
私は、彼の顔を見上げた。私に刀を突きつけているけど、彼の目には殺意はない。私の反応を試しているのか。
政さんは、既に部屋の中に入っている。
彼が入室を許されるということは、これは、信長さんの戯れかな。さっき、私を知っているかのようなことを言ったのは、男女逆転の物語で出会っているから?
「いえ、そのような記憶はございません」
「我を忘れたと申すか」
「私は、好きでもない人と、夜を共に過ごす気はありませんから」
「好き、だと?」
「貴方を好きだと言ったわけではありません」
「我を……」
「口説いていません!」
シーンとした。
マズイ、男女逆転しているし、そもそも同じ人ではない。彼の目つきが変わった。斬られる?
あ、そうだ、結界を作れば……。
「フフッ、おまえは、あの天女だな、奈津」
「えっ?」
「我を真っ直ぐに見て、そんな風に対等に話す女は、奈津しかおらぬ。我に会うために、こちらの世界に現れたのか」
「ちょっ……えっ?」
なぜ、顔が変わっているのに、わかるの?
それより、男女逆転の世界とこちらの世界は、別の世界だ。なぜ知っているの?
私が驚いた顔をしたのを見て、彼は満足げな笑みを浮かべた。そして、私の腕をつかむと、部屋の中へと放り込んだ。




