30、結界術
「何を始めるのですか」
私がそう尋ねると、無表情な女性は、一瞬沈黙した。驚いたのかもしれない。
「失礼いたしました。返答に困りまして……ですが、誤解があるのかと思い至りました。先程、個人イベント報酬をお渡しできないと説明してしまったためでしょうか」
「えっと……?」
「申し訳ありません。発見報酬はお渡しできませんが、導きの社の報酬の方は、お渡しできます。導きの社の報酬授与を、始めてもよろしいですか」
「あ、はい。お願いします」
政さんの話は本当だったんだ。私も何かを得られる。
ボゥオッ!
目の前の火が大きくなった。
危ないと感じて、私は数歩、後退した。だが、すぐに背中が壁のようなものに当たった。パッと振り向いても何もない。しかし、見えない壁がある。
無表情な女性は、ジッとしている。彼女がアンドロイドなら平気なのかもしれないけど、私は、火に包まれたら、ただでは済まない。
その次の瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。読めない文字のような数字のような……何かのプログラム?
火の熱さに、私は思わず手で防御するかのように、手のひらを火に向けた。ぶわっと身体の中を何かが駆け巡る感覚の後、急に熱さがなくなった。
あれ? 目の前に見えない壁がある。これが熱を遮断したようだ。叩くと、プラスチックのようなアクリル板のようなコツコツとした音がする。背後の見えない壁と同じだ。
「それを選びましたか」
火は元の大きさに戻った。無表情な女性は、少し首を傾げているようにも感じた。
「どういうことでしょうか」
「いま、貴女のまわりに、三つの技能を置きました。選び取られた技能は、結界術です」
「結界術?」
「忍術の一種ですが、通常なら一番最初の技能に、それを選び取る人はいません。水を操る術を選ぶ人がほとんどです。たまにその場から逃げる術を選ぶ人もいますが」
「なぜ……私が選び取ったのですか?」
「貴女の右側奥には小さな洞窟湖があります。左側には広い空間があり来た道を戻れる。そして背後には、火が外へ害をもたらさないように結界があります」
そう言われて見回してみると、水のポタポタと滴る音が聞こえるし、来た道に逃れることもできた。
「貴女は、背後の結界に触れることで、その技能を選び取られたのです。術式が頭の中に入ったことに気づかれましたよね?」
「あ、不思議な記号のような……」
「この技能は、貴女の能力となりました。この物語をクリアして他の扉の先へ進んでも維持されます」
「そう、ですか」
「もちろん、英霊となっても維持されます」
「英霊になるには、一度死ぬ必要があるのではないんですか?」
そう尋ねると、無表情な女性は首を傾げた。もしかして、また、何かの誤解を招いたかと考えているのかな。
「由利 奈津さんは、一度亡くなられてこの時代に転生されていますから、再度死ぬ必要はありませんが?」
「えっ? 転生って、そっか……。私の勝手な思い込みです。すみません。英霊の霊って、幽霊だなぁと思ったので」
「貴女の生まれ育った時代では、そのような思考をされるのですね。アップデート致しました」
アップデートって言った?
やはり、機械……アンドロイドなのね。そうだとは思っていたけど、見た目は人間そっくりだから。
「では、以上になります。なお、得られた技能は、他のプレイヤーには知らせない方が良いかと存じます。レア技能ですので、使用に支障がなきよう、貴女の身体能力の底上げが行われております。同行者には、基礎忍術を得たと話されることをお勧めします」
「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」
無表情な女性は、スッと姿を消した。
私は、来た道を引き返した。確かに、身体が軽いし、足元が悪くても大丈夫かもしれない。
あっ、派手な首飾りの鈴が赤く光っている。なんだか、自分が提灯にでもなったかのようだ。
鈴が光っているためか、帰りは、それほど暗いとも思わなかった。木の扉もしっかりと見える。
扉を開けると、すぐ近くに政さん達が立っていた。
「奈津、遅いから心配したぞ。でも、うまくいったみたいだな。鈴をもらおう」
政さんに首飾りを渡すと、彼は鈴をひとつ外し、首飾りを他の人に渡した。
「鈴に何かが入っているの?」
「あぁ、そうなんだ」
政さん達は、鈴を足で踏んでいる。すると、中からガラス玉が出てきた。
「悪くないアイテムだ」
「俺はイマイチだな」
皆、表情はまちまちだったが、横取りをしているという意識はなさそうだ。
「奈津は、技能だろ。何を手に入れた?」
政さんは、そう尋ねているけど、手に入れたアイテムの確認に忙しそうだ。
「よくわからないけど、忍術みたい」
「やはりな。奈津の見た目からして、そうだと思ったぜ」




