27、夕焼けの湖
お爺さんは、身体を左右に揺らしながら、この物語の説明を始めた。
私が選んだ緑色の扉の物語は、お友達エンドでクリアした物語と、ほぼ同じ時代と場所なのだそうだ。
ただ、クリアした物語は男女逆転だったが、今回の物語は、史実通りの性別らしい。
でも、やはりプレイヤー特典というか、乙女ゲームの要素が加わっているため、攻略対象の武将達は、プレイヤーへの好感度は高いそうだ。
私は、今回は二度目だから、リベンジ組と同じ扱いになり、パートナーは付かない。その代わり、イベントの告知は、頭の中に直接届くそうだ。
ただ、助けてくれる人はいないから、自力で乗り切らなければならない。そのため、プレイヤーは、イベントを有利に進めるアイテムを入手することができるそうだ。
全体イベント3回で攻略できなかったら、失敗となるのは、以前と同じ。その後は、この世界に定住する普通の住人となるようだ。
「ワシも、すぐに次のプレイヤーを見つけて、この世界でパートナーをするつもりじゃ。お奈津ちゃんには、直接手助けはできないが、相談があれば遠慮なく言ってくれてよいのじゃ」
「えっ? 他の人のパートナーをするのに?」
「うむ、この世界には、いま、目の前にいるワシと、パートナーとしてアバターでウロウロするワシがいるのじゃ」
「分身?」
「なははははっ、分身と言えば分身じゃ。ワシの本体は、お奈津ちゃんの目の前にいるこのワシじゃが、アバターは霊力で操るのじゃ」
「へぇ、お爺さん、なんだかすごいね」
「うむ、じゃが、お爺さんではないのじゃ」
確かに、声は若いもんね。と言っても若者ってほどでもない。あっ、このお面の姿が本体なら、名前もあるよね?
「じゃあ、名前を教えてよ」
「うっぐぐ……それも今は言えないのじゃ」
もしかして、武将か武士なのかな。いや、商人かも。
「じゃあ、さっき、相談に乗ると言ってくれたけど、会いたかったら、どうすればいいの? 名前もわからないなら、困るよ」
「近いうちに、ワシがアバターで会いに行くのじゃ」
「イケメンアバター?」
「うむ、そうじゃ」
そう言うと、お爺さんは左右に揺れている。ふふっ、アバターに自信ありなのね。
「お爺さんの名前を教えてくれないなら、何て呼べばいいの? イケメンアバターは、お爺さんではないんでしょ?」
「うーむ、適当で良いのじゃ」
「じゃ、モモ爺ね」
「あぅ……爺ではないが……仕方ないのじゃ」
ふふっ、明らかに残念そうな雰囲気ね。モモンガの姿なら、地面に手をついてガックリしてそう。
「そろそろ時間じゃ。お奈津ちゃん、例の眼鏡は回収せず、そのままにしてあるのじゃ。敵が多いが気をつけるのじゃぞ」
「うん、わかったよ。ありがとう。今度こそ、頑張って島左近を捜さないとね」
私がそう言うと、なぜかお爺さんは、ちょっと動きがぎこちなくなった。もしかして、また、イベントしか会えないパターンかな。
「じ、じゃあ、お奈津ちゃん、またね、なのじゃ!」
「うん、モモ爺、またね〜」
ふわっと浮き上がるような感覚のあと、景色が真っ白になった。前回は、地震で怪我をしたっけ。私は、衝撃に備えた。
白いモヤが消えると、キラキラとした夕焼けの海が目に飛び込んできた。いや、海じゃなくて琵琶湖よね? 私は、琵琶湖の岸に転がっている。
えっと、どういう状況かな。
まわりを見渡しても、他に倒れている人はいない。このタイミングで物語に入ったのは、私だけのようだ。
前回のは新作だと言っていたっけ。だから、プレイヤーが大量にいたのね。そもそも、一人ずつ加わる方が自然だと思う。プレイヤーは、自殺志願者だったんだから、そんなに大量に連れて来られるわけはないもの。
「あんれま〜! どうしたんだい? そんなにずぶ濡れで、かわいそうに」
どこからか声がした。立ち上がってみると、確かに、波で着物が濡れている。でも、声の主はどこにいるのかな。
「上だよ、上」
そう言われて見上げると、木に登っている人がいた。
「あっ、こんにちは」
「変なおなごだな。ふぅん、なるほど。安心しな、ここは湖に浮かぶ小島だ。お偉い方々は、来ないよ」
木に登っている男性の方が、変な人だと思うけど。何をしているのかな。
「あの、何をしているんですか?」
「オラか? オラは漁の舟の見張りだよ。湖のまわりで何かが始まったら、漁どころじゃないからな」
「見張り……」
琵琶湖には、たくさんの小舟が浮かんでいる。灯台の役目なのかな? 木の上には、提灯が引っかけられている。
山が見えるけど、あれは比叡山ね。あちこちに灯りが見える。焼き討ちはまだなのかな。
「日が暮れると冷える。宿へ案内してやろうか?」
いつの間にか、木の上にいた男性が、すぐ背後にいた。




