25、三度目の扉の間
お爺さんは、とても優しい顔をしている。
「お奈津ちゃんは、もう大丈夫じゃ。前を向いて生きていける。ワシは、お奈津ちゃんの幸せを祈っておるのじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私、お爺さんのお願いを叶えてあげてないよ」
「それは、もう良いのじゃ」
「ダメだよ。島左近を攻略してほしいんでしょ?」
「うぐぐぐ……じゃが、もう良いのじゃ」
お爺さんは、やはり元気がない。それに、これできっとお別れだ。そんなの……私はモモ爺がいたから、前を向けたのに、こんなの嫌だ。
それに、この時代で生きて行けだなんて……。私には、自信がない。戦国時代だったからこそ、現代知識がアドバンテージになった。
なんの取り柄もない私は、きっと、また……。
「お爺さん、私、たぶん、無理だよ。きっとまた消えたくなる」
「なっ!? じゃが、お奈津ちゃんは、あんなに立派に立ち直っておったのじゃ。自信を持つのじゃ。お奈津ちゃんなら、大丈夫なのじゃ」
「無理だよ。モモ爺がいてくれたから頑張れたのに……一人でなんて、絶対無理だよ」
お爺さんは、私の顔を見て、ハッとした。そして慌てふためいているように見える。
私の頬を、ツーッと涙が流れた。
「お奈津ちゃん、どうしたのじゃ。あわわわ」
わからない。でも、私は、お爺さんともう会えなくなるなんて、そんなこと考えたくない。
モモ爺に元気をもらった。モモ爺に癒された。モモ爺はいつも一生懸命で、そんなモモ爺に……私は依存しているのかな。
お爺さんは、頭を抱えている。私、彼を困らせているんだ。お爺さんに迷惑ばかりかけているのね。でも……止めたくても涙は止まらない。
「ワシは大減点されるのじゃ。じゃが、お奈津ちゃんとサヨナラしなくてすむやもしれん。二度目は付いていられないのじゃ。お奈津ちゃんは孤独になるのじゃ。いや、じゃが、同じ奇跡を起こせば……」
お爺さんが何かブツブツと呟いている。何を言っているかよくわからないけど、お爺さんが困っていることはわかった。迷惑をかけたくないけど、でもこの現代で生きていくとは言えなかった。
しばらくの沈黙が流れた。
どうしよう。やはり、私が困らせているんだ。お爺さんにこれ以上、迷惑はかけられない。笑顔で別れて、旅の続きをしよう。うん、最後の旅の続きを……。
「お爺さん……」
「お奈津ちゃん!」
私の言葉を遮るように、お爺さんが私の名を呼んだ。
「ん? 何?」
「島左近を攻略してくれぬか?」
「えっ?」
「二度目は、リベンジ組と同じ扱いになるのじゃ。だから、パートナーは付かない。でも、会えないわけではないのじゃ。お奈津ちゃんが青い扉……じゃなくて緑の扉の先に進めば、そこはワシの住む世界じゃ」
「いいの? 減点されるんじゃ」
「うぬぬ……現代へ戻す判断を間違って死なれてしまうと、もっと大減点なのじゃ。それに、お奈津ちゃんのドーナツをまた食べたいのじゃ」
「ドーナツ? あれ、イマイチな味だったのに」
「美味じゃったぞ。それに優しい味がしたのじゃ」
「そう?」
お爺さんは、うんうんと頷いている。ふふっ、なんだか、モモンガに見えてきた。仕草というか雰囲気は同じだもの。
「そうと決まれば、お奈津ちゃんを、再び扉の間に導くのじゃ。受付嬢に嫌味を言われても無視するのじゃ。ワシは、お奈津ちゃんとは一緒にいられないが、最初のご案内はできるのじゃ。緑の扉の先で待っておるのじゃ!」
「うん、わかったよ」
お爺さんは、ニコニコしながらも左右に揺れている。ふふっ、この癖、直らないわね。
私は、白い光に包まれた。
「お嬢さん、こんにちは。説明は必要ですか?」
光がおさまると、私は、受付嬢の前に立っていた。同じことを言うのね。
「いえ、大丈夫です」
「ご利用は初めてでしょうか」
「この場所に来るのは三度目です」
そう答えると受付嬢は、ファイルをペラペラとめくり、顔をしかめた。
「出戻りですか。旧パートナーは大幅に減点ですね」
「えっ? どれくらい減点されるのですか?」
「お嬢さんについてのこれまでのポイントはすべて剥奪の上、ペナルティとして三千ポイント減点ですね」
「三千ポイントというのはどれくらいの……」
「お嬢さんは英霊志望ですか」
「は? いえ」
「それでは、お答えできません」
「え、英霊志望ですっ!」
「そうですか。それなら、同じ奇跡をもう一度、別ルートで起こしていただく必要があります。選択可能な扉を絞ります」
「あの、緑色は?」
「先程のご質問ですが、一人のプレイヤーをハッピーエンドに誘えば、千ポイントを付与します。物語中に死なせてしまったら三千ポイント減点します。三人のプレイヤーのプロデュース成功分が三千ポイントです」
「えっ……」
「それでは、良き人生を」




