22、元気のないモモ爺
「誰?」
「うむ、このドーナツは美味なのじゃ!」
モモンガなのに味がわかるのだろうか。そもそもアバターなのに、食べ物を食べることに違和感がある。
「お奈津ちゃんの知るアバターとは、ちと違うのじゃ。この物語をクリアすれば話せるのじゃ」
片手のドーナツがなくなると、すぐに次のドーナツをつかむモモンガ。ふふっ、そんなに焦らなくてもいいのに。
「焦るのじゃ。説明したら、ワシはまた消えるのじゃ」
「ふぅん」
「つ、冷たいのじゃ。説明をするのじゃ」
そう言いつつ、またドーナツを頬張るモモンガ。そんなにお腹が空いていたのかな。
「お爺さん、さっき信長さんが言っていた天女伝説って、あれ、私のことかな。それとも全く別のもの?」
「お奈津ちゃんのことじゃよ。あれがあったから、川中島の戦いイベントをクリアしたのじゃ」
「私は、謙信さんのお城に連れて行ってもらって、ちょっと話しただけなんだけど。史実の、敵に塩を送る現場を見ただけだよ。川中島には行っていないし、そもそも、既に五回の合戦が終わってたから、川中島の戦い後の世界だし」
時間切れならわかるけど、なぜあれだけで、川中島の戦いイベントクリアなのかわからない。それに、あのときの私の行動をこの時代の人が知っているなんて……。
「お奈津ちゃんが、越後の民の一揆を鎮めたのじゃ。そして、たまたまかもしれんが、その後に川中島の戦いが起こっていないのも、天女の願いに従ったのだと伝わっておる」
「私の言葉?」
「歌にこめた願いかのぉ。それに戦乱の時代はもうすぐ終わると言ったじゃろ。だから、戦に金をかけることより、民の暮らしに使おうと考えたようじゃ」
「そうなんだ。よかった、のかな?」
「ふむ、まぁ、良いのではないか。それより説明をするのじゃ」
皿のドーナツがなくなると、やっとモモンガは落ち着いたらしい。小さな体で、食べすぎだと思うけど。
「うん、で、誰?」
「お友達エンドの条件をクリアしたのは、三人おる」
「誰?」
「ふむ、織田信長、上杉謙信、直江兼続、の三人じゃ」
「えっ、三成さんや秀吉さんじゃないの?」
「彼女達は、あと少しじゃな」
「お爺さん、島左近を攻略してほしいと言ってたよね?」
「むむむ……山の中ですれ違っただけだったのじゃ」
えっ、いつすれ違ったの?
「別の人とのお友達エンドでもいいの?」
「良くはないが、この物語では、日常では島左近とは会えないのじゃ」
「うーん、じゃあ、イベントなら会えるんだよね」
「うむ、じゃが、お奈津ちゃんは、もう物語をクリアしても大丈夫なのじゃ」
「どういうこと?」
「それは、今は話せないのじゃ」
モモンガは寂しそうにも見える。でも、そう言うなら、クリアする方がいいのかな。
あっ、そっか、この物語をクリアして、お爺さんが最初に言っていた緑色の扉の物語に進んでほしいのかな。
「お奈津ちゃん、確かにワシは青い扉の物語に進んでほしいと思っておったが、今は、もう違うのじゃ。クリアすれば話せるのじゃ」
いつも元気なモモンガが、なんだかしょんぼりしているような気もする。食べすぎて苦しいのかもしれないけど。
私に話したいのかな。私も、クリアしないと話せないと言われると早くその話を聞きたくなる。
「じゃあ、お友達エンドで、物語をクリアしようかな」
私がそう言うと、モモンガはコクリと頷いた。やはり、元気がない。なんだか変な感じね。
「では、三人の誰にするのじゃ? 選んだ人の元へ移動するのじゃ」
「うーん、この時代では越後には行ってないから、信長さんかな」
「あい、わかったのじゃ。お友達エンドの準備をするから、お奈津ちゃんは、今夜はゆっくり寝るのじゃ。明日、物語のお友達エンドじゃ」
「うん、わかったよ」
私が返事をすると、モモンガはスッと消えた。やはり元気がないように見えたから、少し心配だけど。
島左近を攻略できなかったから、悲しいのかもしれない。
それなら、次の扉では、お爺さんのオススメの緑色の扉の物語に進んであげようかな。そこには、必ず島左近がいるんだと思う。
この数日間、驚きばかりだったけど、楽しかった。
お爺さんがいつも一生懸命で、明るくて可愛らしくて癒された。彼のお願いを叶えてあげたい。
私は、この男女逆転の世界で起こった不思議なことを思い出しながら、眠りについた。
「奈津さん、おはよう。起きているか?」
翌朝、三成さんの声で目が覚めた。彼女にもお世話になったから、お礼を言いたい。でも、それって良くないことなのかな。
「三成さん、いま、起きたよ」
そう返事をすると、ガラッと障子が開いた。
「越後から、迎えが来ているよ。奈津様」
えっ? 様呼び? なぜ越後なの?




