21、天女伝説
信長さんがジッと見守る中、ボール状のドーナツを作った。ホットケーキの予定だったが、油屋さんから食用油を買っていると言って、秀吉さんが油を出してきてくれたので、急遽変更したのだ。
高そうな壺に入っていた砂糖を最後にまぶす作業を、信長さんに依頼した。かなりガッツリつけてる。
「奈津、我は、民が砂糖をたっぷり食べられる世にしたい。だが、敵をつくり過ぎたな」
信長さんは、寂しそうな顔でポツリと呟いた。
この人は、冷徹なイメージだったけど、それは外面のことなのかもしれない。内面的には、民を思う良い領主なんじゃないかな。
いま、信長さんの城は築城中で、秀吉さんの城に気軽に馬をとばしてくる距離……。ということは、ここは長浜城で、いま安土城を築城中。
早ければ、あと五年くらいで、本能寺の変が起こるのか。
「信長様、でも貴女は、後世に語り継がれる偉人だと思いますよ」
「奈津、もしかして、おまえは越後に舞い降りた天女か?」
「へ? 天女って何ですか?」
私が呆けた顔をしたためか、信長さんは、フンと鼻で笑った。彼女は、もう、いつもの表情に戻っている。
「天女伝説を知らぬのか? 謙信の城に現れた天女のお告げで、越後の民は一揆を起こさなくなったのだ。そして、それ以来、信玄との川中島の戦いも起こっていない」
「えっ……」
「天女は、民を鎮めるために、空を飛ぶ鳥に憧れるような不思議な歌を歌ったという。異国の宣教師の賛美歌でもないらしい。日の本の神の歌ではないかと語られている」
ちょ、ちょっと待って。あれは、全体イベントで……この世界とは別世界なんじゃないの?
もしかして、私はタイムトラベルをしたの?
「へぇ、そ、そうなんですか」
私は明らかに動揺していたのか、変な声になった。だけど、天女を知らなかったためか、もう私を天女だとは思っていないようだ。
「もし、天女がいるなら、我の近くにも現れてほしい」
彼女は、ポツリと呟いた。
「いや、なんでもない。奈津、今の言葉は忘れろ。それより、菓子は、もう食べられるのか」
「はい、冷めたので大丈夫ですよ」
そう言うと、彼女は、ボール状のドーナツをパクリと食べた。まだ毒見をしていないのにいいのかな。
いつの間にか戻ってきていた秀吉さんが、一瞬慌てた顔をした。やはり、ね。
「奈津!! これは、南蛮の菓子だぞ! どこで教わった?」
「えっと……」
「そうか、記憶が欠けているのだったな。だが、作り方がわかればそれでよい。見ていた者は、覚えているな?」
信長さんが一番ジッと見ていたと思うけど。
台所にいた人達は、ピリピリしながらも頷いた。この食用油は、天ぷらに使うそうだ。揚げ物ができる人なら、ドーナツも簡単に作れるはずだ。
「さぁ、皆、食え! 甘い菓子だ」
私も一つ食べてみた。不味くはないけどイマイチな味だ。バニラエッセンスもないし、バターもないから、まぁ仕方ないか。
台所の責任者っぽい女性は、ドーナツを一口かじって、目を見開いていた。お菓子を食べ慣れない人には甘すぎるかな。信長さんが、砂糖をつけすぎているからだ。
「信長様、外にまぶす砂糖は、なくてもよかったですね。生地にも砂糖を入れたから、甘くなりすぎました」
「奈津、まだ足りないくらいだ」
いやいや、甘すぎるでしょ。
「お奈津ちゃん、この南蛮菓子、宣教師から献上されたものより圧倒的に美味しいよ。確かに少し甘いかな」
「アイツらが持ってきた菓子は、珍しいだけで臭かったしな。毒を盛られたのかと勘ぐる奴もいたほどだ」
もしかして、作ってから何ヶ月も経った物なのかな。宣教師ってことは、ヨーロッパか……どれだけ時間がかかるかもわからないな。
信長さんは、残ったドーナツを持って帰っていった。ほんと、嵐のような人だな。
「お奈津ちゃん、ありがとうね。助かったよ」
「いえ、私も楽しかったですし。秀吉さん、ちゃんと寝てくださいね」
「大丈夫だよ。慣れてるからね」
悪戯っ子のように微笑むと、秀吉さんも台所から出ていった。
私は、再び、ボール状のドーナツをたくさん作った。今度は、壺の砂糖はまぶさず、プレーンな感じに仕上げた。
「これは、あまり甘くないと思います。皆さんで、お夜食にどうぞ」
「姫様、ありがとうございます!」
私は、やわらかく微笑み、ドーナツを少し持って自室へ戻った。
「モモ爺、ドーナツ食べる?」
「食べるのじゃ!」
着物の袖から飛び出したモモンガ。あれ? 菓子作りは終わったのに、なぜ居るのかな。ミニイベントは終わったはず。
「ご連絡があるのじゃ」
「何?」
ドーナツを頬張るモモンガ。なぜ、二個同時に食べているのだろう。
「お友達エンドの条件を満たした対象者がいるのじゃ」
「まだ、島左近に会ってないよ?」




