2、青い扉を選びましたよ
「お嬢さん、こんにちは。説明は必要ですか?」
光がおさまり、目が見えるようになると、私は、受付嬢のような人の前に立っていた。
「えっと……」
「ご利用は初めてでしょうか」
「は、はぁ」
そう返事をすると、急にうりゃあっと怒涛の説明が始まった。でも、そのすべてが全く理解できない。
「扉はご自由にお選びください。パートナーは、貴女が選んだ扉の先にログインします」
「は、はぁ」
「それでは、いってらっしゃいませ。良き人生となりますように」
受付嬢のような人は、無表情でそう言うと、スッと消えた。良き人生って何?
ぐるりと見回すと、黒、白、赤、黄、緑、青……。私は、六色の扉に囲まれた円形の部屋の中心に、突っ立っていることがわかった。
受付嬢っぽい人がいた場所には、丸いテーブルがある。その上には、私の名前が書かれたファイルがポツンと置いてあった。
興味本位でめくってみると、真っ白な紙の上部に『チュートリアル終了、扉選択待ち』と書いてあった。
何これ? 不思議に思っていると、さらに文字が勝手に現れた。個人ファイル確認中? 私は怖くなって、ファイルを閉じた。
扉の先に、さっきのお爺さんがいるんだっけ。
とにかく、この不気味な空間から出て、お爺さんに事情を聞きたい。さっきの人の説明は、早口で意味不明で、何もわからなかった。
これって、ゲームなのかな。こんな施設は知らなかったけど、関ヶ原にあるアトラクションなのかもしれない。
私は、青い扉に近づいた。扉には、タイトルのようなものが書いてある。
『新逆転ストーリー編 〜藍より深き愛を探して〜』
その左側にある緑の扉にも、タイトルらしきものが書いてある。
『王道イケメンストーリー編 〜青き湖のキラキラ恋物語〜』
右側の黒い扉にも、同じく何か書いてある。
ふぅん、やはりアトラクション施設かぁ。扉ごとにストーリーが違うらしい。
お爺さんは確か、青い扉を選択しろと言っていたっけ。
私は、青い扉を開けた。そこは、小さな部屋になっていた。その先にまた、青い大きな扉がある。
「こちらで衣服を選択してください。いま着用されているものは持ち物ごとすべて、ロッカーにてお預かりします」
どこからか、無機質な声が聞こえてきた。それと同時に目の前に、マネキン人形がたくさん現れた。和服? でも、男性用の着物ばかりで、女性用はひとつしかない。
私は、女性用の着物のマネキン人形に触れた。
「そちらで宜しいでしょうか」
「はい」
「念のため、確認させていただきます。このストーリーは男性プレイヤー用に作られたものです。女性でもプレイは可能ですが……ユリの方向けです」
ユリって何? 私のためのもの?
「えっと、私は、由利ですけど?」
「かしこまりました」
また突然の強い光で、視界は真っ白になった。光がおさまると、私は着物を着ていた。自動着替えのシステムだなんて、すごい!
「ロッカーの鍵は、身体に埋めてありますのでご安心ください。物語の中でも、パートナーがいるときには出し入れが可能です。それでは、いってらっしゃいませ」
持っていたカバンも消えている。身体に埋めてあるというのは気味が悪い。たぶん、機械の音声設定ミスなのだろうけど。
パートナーというのは、さっきのお爺さんのことかな。確か、カッコいいアバターで待っていると言っていたっけ。
私は、青い大きな扉を開けた。
わぁっ! すごく緑が眩しい。ここは草原なのかな。まわりを見渡しても、田畑と山しか見えない。
後ろを振り返ると、私が開けた扉は既に消えていた。
でも、電線さえない広大な草原って……。あっ、バーチャルなのかな。草の匂いもするバーチャルってすごい。
だけど、扉の先で待っていると言っていたお爺さんが居ない。イケメンどころか、人なんて一人も居ないじゃない。
「お奈津ちゃん、なぜ、青い扉を開けなかったのじゃ!」
どこからか、お爺さんの声が聞こえる。でも、姿は見えない。
「お爺さん? 私は青い扉を開けましたよ」
「違うのじゃ。お奈津ちゃんは、藍色の扉を開けたじゃろ。だから受付嬢は無視しろと言うたのじゃ。しかし、お奈津ちゃんが、百合だとは知らなかったのじゃ」
藍色? 確かに濃い青だったけど、他に青い扉はなかった。私は間違えていない。
「いえ、確かに青い扉を選びましたよ。それに私の名前は、知っていたんじゃないんですか。由利 奈津ですけど」
「なっ!?」
お爺さんの声が聞こえなくなった。しばらく待っても返事がない。この無音状態は……不安すぎる。
草原を吹き抜ける風の音だけが、せつなく聞こえた。