19、騒がしい台所
「姫様、あの、何をご用意すればよろしいですか」
三成さんが話していた女性は、少し困惑した様子で私に話しかけた。この場所に立ち入られたくないのかな。
「使って大丈夫なスイーツ……じゃないか、えっと甘味の材料になりそうな物はある?」
「甘味、ですか? そういえば、南蛮の商人から運ばれた奇妙な粉があります。お屋形様が甘味の材料だと届けられたそうで……」
お屋形様って、秀吉さん? 信長さん?
「不思議な粉なのですか?」
彼女は頷き、側にいた男性に指示をしている。小麦粉のことかな。いや、違うか。いま、目の前では下男らしき男性が、小麦粉を団子状にこねている。
私が見ていると、明日の朝食だと言われた。
少し待っていると、立派な大きな蓋付きの壺を持って、男性が戻ってきた。高価な物のようだ。
中に入っていたのは、白っぽい粉というか、少し湿気ているけど、砂糖だった。私が知る砂糖とは少し違う。不純物が多いのかもしれない。
私が少し食べたことに、彼女は驚いていた。そうか、毒かもしれないからか。
「砂糖ですよ。貴重な物ですよね」
「あ、は、はい」
砂糖があるなら、お菓子は作れる。でもオーブンもレンジもないか。
私は、広い台所内を物色した。鍋はたくさんあるけど、フライパンはないよね。今も、お米を炊いているみたいで、かまどには空きがない。
お米といっても、玄米ごはんのような感じだ。精米技術が低いのかもしれない。だから、おかゆが多いのかな。
「ジャジャーン! やっほー、なのじゃ」
窓から、モモンガが現れた。パッと両手を広げて、私を目がけて滑空してきた。わわっ、モモンガは、かまどの上を通ったときにバランスを崩した。米を炊く湯気にやられたらしい。
床に落下するギリギリのところで、無事にキャッチできた。
「ちょっと、モモ爺、大丈夫? 火傷した?」
「かっこよく登場したはずが……失敗したのじゃ」
背後から視線が突き刺さる。モモンガだ、アバターか、と囁く声が聞こえた。私がプレイヤーだとバレたかもしれない。
「お奈津ちゃん、大丈夫じゃ。目立つ方がバレないのじゃ。お奈津ちゃんがペット扱いしていれば平気なのじゃ」
どういうこと? 私は、モモンガが火傷していないか、あちこち確認した。よかった、大丈夫みたい。
「ほとんどのパートナーは、コソコソしておる。人目が多いところに飛び出してこないのじゃ」
確かにプレイヤーはこんなにいるのに、モモンガはほとんど見たことがない。それを逆手に取ったのか。
「姫様、そのモモンガは?」
「この子は、モモ爺です。悪戯っ子で、すみません」
「いえ、あの、いま落下したように見えましたが? 姫様の姿を見つけて飛んだのですね。かまどの上は危険なのに」
モモンガは、私の手からピョンと飛んで、着物の袖に入った。その慣れた様子に、女性は少し笑みを見せた。
「何も考えてないみたいです。袖の中で寝ていることが多いんですが」
「まだ子供なのでしょう。なるほど、姫様の袖に入りたくて飛んで、失敗したのですね」
「ええ、そうみたいですね」
ドカドカ! バタン!
廊下をすごい音で歩いてくる人がいる。何か騒がしくなってきた。いま話していた女性の顔色が一気に青くなった。
「あの、どうしたんですか?」
「あの足音は……あぁ、どうしましょう。秀吉様は眠っておられるのに」
ガラッ!
「おい、サルは……うん? 奈津か。何をしている?」
台所にいた人達は、全員、その場に平伏した。震えている人もいる。
「信長様、こんにちは。ちょっと甘い物が食べたいなと思って、台所を借りにきたんですよ」
「なんと? おまえ、甘味が作れるのか」
「簡単な物なら、たぶん」
「では、南蛮の菓子を作れ!」
「はい? そんな、道具もないですし」
すると、彼女はニヤッと笑った。
「この城には、いろいろな南蛮の道具も置いてある。我の城は、いま築城中だからな。サルの城を物置きとして使っているのだ。おい、サルはどうした!?」
「信長様、秀吉さんは、やっと眠ったばかりだと思いますよ」
「は?」
「急ぎのご用ですか?」
「ふむ、まぁ、奈津が我の相手をすると言うなら、それで良い」
なんだか、変な意味に聞こえるんだけど。
「じゃあ、信長様、一緒にお菓子を作ってみますか?」
「南蛮の菓子か?」
「えっと南蛮かはわからないですが、珍しいお菓子を」
すると、彼女は子供のように目を輝かせた。やはり、織田信長って、珍しい物が好きなのね。南蛮の菓子って、何だろう?
「奈津、来い!」
私は大きな蔵に連れて行かれた。宝物庫なのかな。高価そうな壺や、たくさんの木箱が並んでいる。
中華鍋のような物もあった。さすがにフライパンはないか。綺麗な洋風の皿も見つけた。これを使おうかな。