18、疲れを隠す優しい人たち
三成さんに連れられて、広間へ移動すると、もう、昼ご飯は終わっていた。秀吉さんやその側近の人達は、鎧を着たままでご飯を食べたようだ。
そうか、イベントで忘れそうになっていたけど、昨夜から、農民の鎮圧に行っていたんだっけ。比叡山の僧兵だった人が先導していたとか何とか……。
イベントで行った越後でも、農民の一揆があった。記憶が少し混ざってしまったが、切り替えなければ。
でもあの後、城門前にいた人達はどうなったのかな。静かにさせようとして歌を歌ったら、呆然とされた。それに、言いたいことを言っただけだった。はぁ、失敗したなぁ。あんなタイミングで終了するなんて。
お爺さんとは、次のイベントまで会えないんだっけ。
「お奈津ちゃん、部屋に戻っていたの?」
秀吉さんは、少し疲れた様子だった。どう返事しようか。イベントが始まる前の記憶をたぐり寄せていると、三成さんが代わりに返事をしてくれた。
「お奈津さんは、部屋で包帯の交換をしていたようだ。昼ご飯を食べたら、薬を飲ませる」
いやいや、あのすんごい個性的なドロドロした液体は、変な刺激臭もあったし、薬とは呼べないでしょ。
「そっか、昨日は薬草を取りに行ってもらったり、少し無理をさせてしまったね」
「秀吉さん、大したことないから大丈夫です。それより、皆さんの方こそ、無理しすぎに見えますよ」
「ボクは大丈夫だよ。ふふ、心配してくれてありがとう。でも、ちょっと寝ようかな」
「はい、ごゆっくり」
あ、そうか。秀吉さんは、ボクっ娘だった。謙信さんの印象が強烈だったから。この城の人達に慣れる前に、越後に行ったから、私は少し混乱していた。
昼ご飯を三成さんと一緒に食べた。彼女も疲れているはずなのに、私を探し回ってくれていたらしい。まさか、イベントで離れていたとはいえない。
ここで暮らす人達は、普通の生活を送っているだけだ。イベントという感覚などあるわけがない。プレイヤーは、ゲームだとわかっている。だから、他のプレイヤーを潰そうとするのだ。
私は、自分が、なぜこんな戦国時代に迷い込んでいるのかはわからない。あ、扉を間違えたからだけど……そもそも、なぜ時間を遡って転生したのか。
なんだか、見知らぬ世界に旅に来たような感覚だ。でも、ここで暮らす人々を害してはいけないと思う。他のプレイヤーの人達は、どうなんだろう。
どの人がプレイヤーなのかは明らかではない。私を毒殺しようとした人達は、私がモモンガを使役しているからそう判断したようだった。新しい物語だから初期アバターだとも言っていたっけ。
「お奈津さん、薬を飲めよ」
「あれはいらないよ。ツンとする刺激も嫌だし……」
「そんなことを言っていると……いや、道三先生に師事していたお奈津さんに言うべきことではないな」
「私、その、道三先生もわからないんだけど」
「そのうち思い出す、大丈夫だ」
そう気遣ってくれる美少女も、疲れた顔をしている。
「三成さんも、昨夜は寝てないんでしょ。少し寝る方がいいよ」
「私は問題ない。お奈津さんは世話焼きだな」
だが、そう言いつつ、彼女はウトウトしている。疲れたときには甘い物を食べたいはず。あ、そうだ。
「三成さん、私、ちょっと台所を借りたいんだけど」
「何をするんだ?」
「ちょっと、何か甘い物があればと思って」
私がそう言うと、彼女は首を傾げた。この時代って、お菓子は食べないのかな。砂糖も貴重かもしれない。それならカットフルーツでもいいか。
「何か料理をするのか。そんなことは下男にやらせればいい。誰か呼ぶから」
「三成さん、私が気分転換にやりたいだけだよ。台所を使っていいかな」
「わかった、案内する」
城の台所には、たくさんの男性がいた。女性も数名いるけど、指示を出しているだけのようだ。なんというか、女尊男卑なのかな。
三成さんが現れると、驚き、その場で平伏している男性も多い。彼らが下男なのか。軽く頭を下げた男性は、紫色の光を放っている。プレイヤーか。
三成さんは、立っていた女性に向かって口を開いた。
「こちらは、お奈津さんだ。事故で記憶がないが、おそらく道三先生の弟子だ。台所を使って何かを作りたいようだ」
「三成様、それでしたら、私達が……」
「いや、お奈津さんは、何でも自分でやりたい人だからな。彼女の手伝いを頼む」
「はい、かしこまりました」
「じゃ、お奈津さん、私は少し休むことにする」
「うん、それがいいよ。三成さんが起きるまでには、用意しておくね」
「楽しみにしている」
そう言うと彼女は、台所から出て行った。
たぶん彼女は、秀吉さんから私の世話をするよう命じられている。だから、こうでもしないと休めないんだよね。