17、イベントクリアしたようです
「いま〜〜わたしの〜〜♪」
子供の頃に合唱コンクールで歌った、あの有名な曲だ。この時代には、たぶんこんな音楽はないはずだから、ちょっと音程を外してもバレないよね。
歌詞をよく覚えていたものだ。歌い終わったときには、城門前は、シーンと静まりかえっていた。
「皆さん、こんにちは。私は、奈津と申します」
そう言ってペコリと頭を下げると、近くにいた人達は、呆然としながらも、私を真似るように頭を下げた。
「私は、この国の者ではありません。ですが、縁あって今ここにいます。皆さんがここに来られた理由は何ですか。教えてください」
すると、いろいろな声があがった。怒鳴る人もいるけど、冷静に話す人もいる。病気が流行っているけど薬がない。戦のせいで田畑が荒れた。食べ物に困っている。人さらいで子供が他国へ売られていく。
どれも、生きる上での悲鳴だ。やはり、助けてってことだったんだ。中には、領主が戦ばかりしているから民は困窮するのだという辛辣なものもあった。
城主である謙信さんを批判する人達は、農民らしくない。紫色の強い光を放っている。まさかとは思うけど、プレイヤー? 一揆誘導イベントだなんてことはないわよね?
「私は、いくつかの国を見てきました。各地では、同じような悩みを抱える人々が多く、やはり不満の声も多いようです」
そう話し始めると、多くの人は話を聞いてくれた。
「私は、その国を、領地を治める人物は、おおよそ二つに分かれると思います。民を金を生み出す畑だと考える人物と、民を自慢する人物。この越後を治める人物はどちらでしょうか?」
難しい話だったのか、彼らは首をひねっている。
「私の勝手な印象では後者です。甲斐を治める人物は、さらにその傾向が強いような気がしますが」
私がそう言うと、反論が聞こえてきた。この国の領主の方が民を大切にしていると。でも、それを否定する人もいる。やはり、なんだか変ね。
「私は、少し先のことを予知することができます」
そう話すと、シーンと静かになった。
「早ければ、皆さんの子供が、皆さんの年齢になる頃には、この戦乱の時代は終わり、国は少しずつ豊かになっていくでしょう」
予知ではない。それが史実なんだから。戦乱の時代は、川中島の戦いの後、三十年ちょっとで終わるはず。子供じゃなくて、孫と言うべきだったかもしれないけど。
「今、皆さんが、困っていることを礼節をもって訴えれば、この国の領主はその解決策を考えようとするでしょう。逆に、皆さんが武力を行使すれば、武家の誇りが邪魔をして、歩み寄ることが困難となりそうです」
ちょっとざわついた。やはり、誘導しようとする人達がいる。
「今、皆さんは、ご自身の行動でこれからの暮らしが変わる、分岐点にいらっしゃいます。私は、どうすべきだとは言いません。すべては、選ぶ貴方達の自己責任です。生きたいように生きなさい。何が正しいかなんて、正解などありません。悔いのない選択をすれば良いのです」
なんだか、私は、自分で自分に言い聞かせているようだ。悔いのない選択……そう、いつでも死ねる。それなら、いま、死ぬ必要はない。
「お奈津ちゃん、どうやら時間じゃ。イベントクリアじゃ」
えっ? どういうこと?
「キラキラ演出をするのじゃ。最後に皆に微笑んでやればよいと思うぞ」
よくわからないけど、私は笑みを浮かべた。すると、突然、強化ガラス部分がキラキラと光り始めた。
スーッとゆっくりと浮かび上がっていく感覚……ではなくて、本当に浮かんでいる。
私を見る人達が驚き、腰を抜かしている。城門の上まで上がると、謙信さんや兼続さんの姿が見えた。彼女達は、城門のすぐ裏に居たようだ。
私は、彼女達に手を振った。彼女達が私に気づき、何かを言おうとした瞬間、私の見る景色は真っ白になった。
「戻ってきたのじゃ。これから広間で、昼ご飯じゃ。少し時間がズレておるから、もうみんな広間にいるのじゃ」
私は、布団を敷きっぱなしの部屋に戻ってきていた。旅館じゃないんだから、そりゃ、敷きっぱなしか。
左足が、ちょっとズキズキする。無理して走ったからだよね。包帯が……マズイかな? 越後で交換してもらったから、ちょっと違う布だ。
私は、包帯を外してみた。うわぁ、少し腫れている。傷口はもう大丈夫なんだけどな。冷やす方がいいか。
「お奈津さん、ここにいるのか?」
障子に人影が映った。三成さんの声だ。なんだか少し懐かしい気もする。
「三成さん?」
そう返事をすると、障子が開いた。
「どうしたんだ? 居なくなるから心配したよ。あ、足が悪化したか?」
「うん、ちょっと腫れてきてしまって。でも大丈夫だよ」
「飯の後に、薬だな」
「えーっ」