15、川中島の戦いは、すでに……
「まずは、お奈津さんの包帯だね」
謙信さんは楽しげな雰囲気で、城の中へと入っていった、
川中島の戦いは、どうなったのかな。あれって何度も戦いが起こったはずだけど、お爺さんの言うイベントって……。
モモンガは、着物の袖の中にいるけど、全く動かない。そ〜っと覗くと眠っているかのようにも見える。
お爺さんは、アバターだって言っていたけど、アバターって眠るのかな。そういえば、秀吉さんの城では、煮物をつまんで食べていた。まるで、お爺さんがモモンガに変身したかのようだけど。
「旅のお友達は、おとなしいね」
「あ、はい、眠っているみたいです」
「ふふ、その子はモモンガかな。夜行性だからね。そろそろ起きるんじゃないかな」
「そういえば、深夜にゴソゴソしています。夜行性なんですね」
モモンガの生態なんか、知らないけど……。
大きな蔵が並んでいる。その一つの前で、数人が片付け作業をしているようだ。
「みんな、ご苦労様。兼続にバレちゃったね」
「はい、すみません……」
「大丈夫だよ。国境を越えることができたから、今頃は無事にアイツの館に届いているよ」
「それなら良かったです」
謙信さんが家臣の人達と話す雰囲気は、とてもやわらかい。秀吉さんもにこやかだったけど、少しタイプは違う。
秀吉さんは、誰でもすぐに親しくなるような、庶民的な馴染みやすさがある。だから、家臣の人達も話しやすい雰囲気なんだ。
謙信さんは、少し近寄りがたいオーラがあるというか、カリスマ性が高い感じがする。
今、ここにいる人達は、彼女に強く憧れているようだ。畏れの気持ちがあるのか、自分からは話しかけられないように見える。
「広間は、もう空いているかな?」
「まだ、混み合っています」
「そう、薬草はさっき集めてきたし、薬は足りているかな」
「軒猿が調達した物もありますから、十分です」
謙信さんは、やわらかな笑みを浮かべた。家臣の人達は、その笑顔に魅入られたかのように、惚けている?
「このお嬢さんも、怪我をしているようだから、包帯を交換してあげたいんだ。頼めるかな?」
「はい、えっ……また、迷い子ですか」
「ふふっ、今回は、私の素性は話していないから大丈夫だよ。お奈津さん、彼女に包帯を交換してもらってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
謙信さんは、私を預けると、どこかへ行ってしまった。城主様だものね。
「お嬢さん、どこの国の人だい?」
謙信さんが居なくなると、家臣の雰囲気はガラリと変わった。なんだか急に敵視されている。そうか、さっき、兼続さんが化け猫がどうとか言っていたっけ。
えっと、琵琶湖のあたりは、確か近江かな。
「生まれた国はわからないです。近江で怪我をして、それ以降のことしか……」
「近江か。あの付近は、織田の小娘がゴタゴタしていると聞く。災難だったな」
信長さんが小娘? あ、そっか、今はまだ、彼女が若い頃なのかな。
連れて行かれた場所は、ぷんと血の臭いのする広間だった。たくさんの怪我人がいる。それに、ここには紫の光を放つ人も多い。プレイヤーかな。
「お嬢さん、そこに座って。今、包帯を交換しますね」
忙しそうなたすき掛けの女性に、そう言われたけど、なんだか悪いかな。
「包帯をいただけたら、自分で交換できますから」
私がそう言うと、私を広間に連れてきた女性が、怪訝な顔をした。
「お嬢さん、まさか、忍か?」
「はい?」
「いや、そうは見えないが……。薬師か?」
「いえ、違いますけど、たくさんの怪我人がいらっしゃるみたいなので。何か事故があったのですか?」
「ちょっとな。まだ、帰還できていない負傷者もいる」
「えっ……川中島の?」
「いや、あれはまだ、六度目は起こっていない。ただの一揆だ」
川中島の戦いは、確か五回じゃなかったっけ?
今は、すべてが終わった後?
お爺さんが落ち込んでいたのは、そういうことなのね。イベント参加者が多いから、メイン会場に入れなかったと言っていたけど。
合戦が終わっているのに、まだイベント中なのかな?
私は、新しい包帯をもらって、交換した。かさぶたが剥がれただけで、傷口は大丈夫かな。もう包帯もいらないくらいだ。
あちこちから、視線を感じる。
顔を上げると、プレイヤーらしき怪我人に見られていたみたいだ。ここでも、私は攻略対象のフリをしなきゃいけないのかな。
「お嬢さん、包帯の扱いに慣れているようだね」
たすき掛けの女性は、何か言いたげな表情をしている。言われなくてもわかる。
「あの、包帯の交換くらいならできますから、お手伝いしましょうか」
「ほんと? 助かるよ」
「お嬢さん、食事の用意ができたら呼びに来るよ」
連れてきてくれた女性はそう言うと、広間から出ていった。