14、越後へ
山道を下っていくと、馬が何頭かいるのが見えた。
「お奈津さん、馬は乗れるかな?」
凛とした美人が、そんなとんでもないことを言い出した。まさか、乗れるわけがない。実物を見たことさえ、ほとんどないのだから。
「いえ、触れたこともないです」
「じゃあ、乗せてあげよう。馬を待たせてあるんだよ」
「お待ちください。素性のわからない娘を……」
同行していた女性が、彼女を制した。名前を呼ばないのは、私が警戒されているということかな。
「素性ならわかるよ。お奈津さんは、誰かに命を狙われている。そうだな、薬師か祈祷師、かな?」
「えっ?」
なぜ、そんなことがわかるのだろう。確かに男性プレイヤーに毒殺されそうになったし、医術を学んでいると誤解されている。
「ふふっ、お奈津さんが驚いてしまったね。当たっているみたいだよ」
彼女は、悪戯が成功した子供のような、無邪気な笑みを浮かべた。凛とした姿とのギャップに、私は少し混乱した。この人、何者?
「あの……」
「さぁ、おいで」
いつの間にか、馬の背にまたがった彼女に、私は腕をつかまれていた。い、いや、そんな、待って待って!
「お嬢さんは、本当に馬に触れたことがないようですね。袖が重そうですが、中の物が出てしまわないか?」
私を馬上に押し上げてくれた女性が、私の着物の袖を触った。モモンガは、うにゃっと変な声をあげている。
「おや、旅のお友達かな?」
凛とした女性は、モモンガに気付いたようだが、特別な反応はない。他の女性も気にしていないらしい。プレイヤーではないのね。
「あ、はい」
「ふふっ、あとで見せておくれ。とりあえず、私の城でいいね? 越後に着く頃には日が暮れる」
「えっ? お城?」
そう聞き返したが、彼女はクスッと笑って、馬の腹を蹴った。わっ! 急に馬が走り出した。落ちそうになった私を、彼女が後ろから支えてくれた。
「お奈津さん、怖がらないで。馬に伝わるからね。前を向いて、景色を楽しんでおくれ」
そんなことを言われても、高いし、揺れるし、ちょっと気持ち悪くなってきた。だんだん慣れてきた頃には、目的地に到着したようだ。
「さぁ、着いたよ。お腹空いたね」
彼女は、私をひょいと抱きかかえて、馬からひらりと飛び降りた。わわっと……。まだ、左足の怪我が完治していないから、ズキッと痛んだ。
「うん? 怪我をしているのかな」
「あ、はい。もう、治りかけですが」
彼女は、私の着物をめくった。一応、まだ包帯を巻いてあるが、あー、ちょっと血がにじんでいるか。かさぶたが衝撃ではがれたのかもしれない。
「ちょうどいい、たくさん薬草を摘んできたんだよ」
彼女は私の手を引いて、城門をくぐり、ずんずんと歩き出した。越後だから、ここは上杉謙信の城? この女性は、偉い人よね?
「どこへ行っていたのですか!!」
突然、大きな声が聞こえた。スラリと背の高い三十歳前後の女性が、鬼の形相で仁王立ちしている。
「ご、ごめんね。ちょっと野暮用で……」
凛とした女性は、大きな声の女性の登場にギクリとしている。あの人が、上杉謙信なのかな。隙のない雰囲気は、確かに軍神ね。
「蔵から大量の塩を持ち出して、どんな野暮用なんですか! 謙信様!!」
「怒らないでおくれよ。アイツが困っていただろう? 持って行ったらどんな顔をするかなぁって考えたら、楽しくなってしまったんだよ」
あれ? 叱られているこの女性が上杉謙信? 大きな声の人って、上杉謙信より上の立場の人? そんな人、いたっけ?
「その手を引いている娘は、どうしたんですか」
「お奈津さんだよ。迷子の子猫ちゃんなんだ。危ないから連れて来たよ」
「謙信様! こないだも迷子の子猫ちゃんを連れて来ましたよね? 確か、子猫ちゃんではなく、化け猫でしたか」
「あー、あれは失敗だったな。でも兼続がうるさいから、お奈津さんには、私の素性は明かしていないよ」
「私がなんですって?」
声の大きな人は、兼続? 直江兼続!? こんなにコワイ人なの?
「もう、兼続がキャンキャン騒ぐから、お奈津さんが怯えているじゃないか。それより、お腹が空いてるんだ」
兼続さんは、大きなため息をつくと、どうぞお通りくださいと道を譲ってくれた。謙信さんは、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、私の手を引いて歩き出した。
「お奈津さんがいてくれてよかったよ。うるさいんだよね、兼続は」
「あ、あの……。上杉謙信様でしたか」
「ふふっ、私の素性は秘密だよ」
いや、もう、わかってしまったんだけど……。
「さっき運んでいたのは、塩なんですね。甲斐へ?」
「そう、アイツが塩を止められているからね」
アイツって、武田信玄かな。あれ? このイベントって、川中島の戦いじゃないの?