12、毒入り握り飯
「お奈津ちゃん、助かるよ」
ボクっ娘の秀吉さん達が戻ってきた。鎧を着ているから、一瞬、誰かわからなかったけど、人懐っこい笑顔を向けられて、彼女だと気づいた。
みんな中庭の井戸水で、汚れを洗い流していたようだ。だけど、ぷんとする血の臭いは消えないのか。
「秀吉さん、おかえりなさい。怪我はありませんか?」
「うん、ボクは大丈夫だよ。心配してくれて嬉しいな」
はぁ、なんだかまた小悪魔系な笑みね。私は、曖昧な笑顔を返した。
「お腹が空いたな、みんなで昼ご飯にしようか」
秀吉さんがそう言うと、たくさんの人達が一斉に動いた。彼女は、本当に、みんなで食事をすることを大切にしているのね。
「姫様、昨夜は、握り飯を召し上がらなかったんですね」
顔馴染みになった男性が、お盆を持っている。その上には、おにぎりのお皿が乗せられていた。
「えっ? あ、昨日は、疲れてそのまま眠ってしまって」
「お奈津ちゃん、昨日から何も食べていないの? じゃあ、その握り飯も、雑炊に入れちゃって。みんなのご飯の足しにしよう」
それって毒がかかっているやつじゃないの!?
「お待ちください。昨夜から放置してあったなら、腐っているかと」
その声に、私はギクッとした。深夜に障子の外で聞いた声だ。鎧を身につけているから、あの後に加勢したのだろうか。彼は、紫色の光を放っている。強い光ね……。
「それはないでしょ、食べ物を粗末にしてはいけないよ」
「ですが……」
まさか毒が入っているとは言えないわよね。彼は必死に考えているようだけど、このままだと、みんなで毒入りの雑炊を食べることになる。
私は立ち上がり、その握り飯を確認した。昨夜は一部だったのに、今は、全体が紫色に光っている。
彼女は、頑固だっけ。どうすればいいのかな……あっ、そうだ! お爺さん、ごめん!
「秀吉さん、もしかしたら、モモ爺が、おもちゃにしたかもしれないですけど」
「うん? お奈津ちゃんのモモンガ?」
「はい、好奇心が旺盛な子なので」
すると鎧を身につけた彼が、おにぎりのお皿を、お盆から奪うように取り上げた。
「動物が触れたものなら、私が責任を持って処分しておきます」
「触れたか、わからないじゃない? 別にそんなことくらい大丈夫だと思うけど……。まぁ、任せるよ」
秀吉さんはそう言って、ヒラヒラと手を振って部屋から出ていった。彼女は、ちょっと疲れているみたいだ。面倒くさくなったのかな。
鎧を身につけた彼は、ホッとした顔をしている。その彼に、広間にいた人が、何かを耳打ちした。すると、彼の強い紫色の光が消えた。
隠れキャラかもしれないとでも、耳打ちされたのかな。
この城には、一体どれだけのプレイヤーがいるのだろう? 繋がりのあるプレイヤー同士が結託して、他のプレイヤーを潰そうとしているのか。
ただでさえ戦国時代なのに……。
平和ボケした私には、平気で毒殺しようとする人達のことは理解できない。
色眼鏡があってよかった。誰が敵なのかはわかる。もし、これがなかったら、私の心は疑心暗鬼で壊れてしまっていたかもしれない。
「ジャジャーン! やっほー、なのじゃ」
モモンガが中庭から駆けてきて、私の着物の袖に飛び込んだ。ちょっと、バレたらマズイんじゃないの?
「姫様、今のが、モモ爺ですか?」
近くにいた人に見られてるじゃない。
「あ、はい、そうです。袖の中に隠れるのが好きみたいで」
「悪戯っ子ですね。まだ子供なのでしょう」
「年齢は、わからないんですけど」
そう答えると彼は、にこやかに笑って、部屋を出ていった。でも、他の人達にも見られている。せっかく、隠れキャラを演じようとしているのに。
「お奈津ちゃん、怒るのはよくないのじゃ。バレてないのじゃ」
つい、普通に返事をしてしまいそうになって、思わず口を塞いだ。ほんとにもうっ。
「お奈津ちゃん、イベントが始まるのじゃ! イベント中は、全キャラ大集合じゃ」
えっ? じゃあ、やっと島左近に会えるのかしら。昨日の個人イベントは、いつ終わったの?
「昨日のミニイベントは、城に戻ったときに終了したのじゃ。終了すると、ワシは一緒に居られないのじゃ」
あ、そっか。だから昨夜は居なかったのね。私、毒殺されそうになったんだから。
「うむ、この物語は、新作じゃからな。クリアした定住者がいないから、プレイヤーの環境が悪いのじゃ」
えっ? クリアしたら次の扉に進めるんじゃないの?
「お友達エンドなら次の扉に進むが、ハッピーエンドなら定住もできるのじゃ」
あー、なるほど。カップルが成立してサヨナラというのは、酷だものね。
そもそもイベントって感じはしなかったけど。
「ミニイベントは地味じゃからな。今回は、全体イベントじゃ。ワシも頑張るのじゃ」