10、転機
薬草集めから城に戻ったときには、もうすっかり日は暮れていた。帰りも、私は背負われて戻ってきた。
改めてカゴの中を見ると、ヨモギのような草が多いことに気づいた。香りも確かにヨモギだ。消毒効果があると、美少女の三成さんは言っていた。
あー、よもぎ団子が食べたい。よもぎ大福が食べたい。いつもなら、和菓子気分にはならないのに不思議だな。ここ何日もずっと、食欲なんてなかったのに。
「お奈津ちゃん、やっぱり道三先生に師事していたんだね」
「いえ、そんな記憶はないですよ」
「大丈夫、大丈夫、そのうち思い出すよ。珍しい薬草も見つけたんだってね。助かるよ〜、ありがとう」
ボクっ娘の秀吉さんは、人懐っこい笑顔で、私をいたわるようなことを言ってくれた。うーん、でも、誤解なのに。
モモンガの姿は、今日はまだ見ていない。声も色眼鏡の時以来、聞こえなくなっていた。
反則ギリギリの道具だと言っていたけど、色眼鏡の効果はまだ続いている。秀吉さんは、ほんのり白く光っている。三成さんの方が光は強い。
ほとんどの人は、光っていない。無関心ということなのだろうか。この光の仕組みはわからないけど、この戦国時代ではとんでもなく便利だと思う。紫色の光を放つ人に、気をつければいいのだから。
「お奈津さん、疲れただろう。今夜はもう休む方がいい」
三成さんが、私からカゴを受け取ると、そんなことを言った。怪我を心配してくれているのかな。
「ありがとう、そうさせてもらうね」
彼女の余裕のなさそうな様子が少し気になったが、私は、用意されている部屋に戻った。
部屋には、おにぎりが置いてあった。これが晩ごはんなのかな。白米は貴重だと聞いていたけど。
そして、おにぎりを食べようとして、異変に気付いた。おにぎりの一部が、紫色に光っている。これって、毒?
よく見てみると、おにぎりは何かをふりかけたように、表面だけが紫色に光っている。とても強い光だ。ということは、とても強い毒?
私はサーッと血の気が引くのを感じた。私を誰かが毒殺しようとしているのか。
そういえば、男性プレイヤーは、紫色の光を放っていた。彼らだとは限らないけど、私は狙われているのね。
ふっ、なんだか滑稽ね。死に場所を探していた私が、毒殺に怯えるなんて。
私は、その夜、そのまま眠りについた。
「おい、女は死んだか?」
「まだ寝息が聞こえている。まぁ、朝には冷たくなっているだろう」
障子の外から、ささやく男性の声が聞こえた。私は、思わず声をあげそうになるのを必死にこらえた。
「だけど、女なのに、本当にプレイヤーか?」
「わからん。だが、モモンガを使役していると聞いたぞ。このストーリーは新しい物語だから、ほとんどのパートナーは初期アバターだ」
「道三の弟子だという噂もあるじゃないか。もしそうなら、彼女は攻略対象だぜ」
「あぁ、そうだな。隠れキャラが居るらしいからな」
「英霊は居ないのか? 案外、攻略対象じゃなくてパートナーとして関わっているかもしれないが」
「それもまだわからん。だが、パートナーが付いているプレイヤーは、徹底的に潰す。これが王道であることに変わりはない。俺達のようなリベンジ組には、パートナーが居ないのだからな」
「確かに。じゃあ、次、行くか」
障子の外の気配は消えた。
本当に、私は命を狙われているのね。頭がチリチリする。滑稽だわ。いま、私は助かりたいと願っている。生きたいと祈っている。
今朝、秀吉さんが言っていた話、あれは彼らの仕業なのかもしれない。今朝冷たくなっていた人がいたのは、怪我による感染ではなく、毒を盛られたんじゃ……。
破傷風にしては亡くなるのが早すぎると思った。だから、未知の細菌かと考えたけど。
お爺さんが現れないのは、彼らの存在を知っているからなのね。私がプレイヤーだと知られないようにログインしていないのか。もしかしたら、そのために、私に不思議な道具を使ったのかもしれない。
私は、平和ボケしていた。
こんな、いつ殺されるかわからない世界に居ると、なんだか、あの頃の自分が可笑しくなってきた。
半同棲をしていた彼に全財産を持ち逃げされただけで、死にたいと思っていた。よくいう結婚詐欺。自分が、その被害者になったとは認めたくなくて、あんなことをされたのに、まだ愛していて……。はぁ、本当に滑稽だわ。
お爺さんと出会えたことは、幸運だったのかな。
彼は、素性は話せないと言っていた。私がクリアすれば、教えてくれるんだっけ? たぶん未来人なんだろうな。タイムマシンが発明されるような、そんな時代。
だけど、島左近を攻略せよと言われても……。
三成さんとお友達エンドでもいいかな?
早くクリアして、事実を知りたい。