イモータライザー
なにも見えない。周りは全て暗闇だ。自分がどこにいるのか、周りに人がいるのか、今自分が踏みしめている地面が(地面と呼べるものかどうかも分からないが)どこまで続いているかどうかも全て分からない。ここはどこなんだ?。なぜ自分はこんなところにいるんだ?。一切の音がきこえない。風が空を斬る音も、人の呼吸音すらも。まるでたった一人、宇宙に放り込まれたような感覚だ。違うところをあげるとすれば宇宙は綺麗であろう星ぼしが四方八方に見えるのだろうが、今いるこの場所はなにもない。完全なる無。音も聞こえず、申し訳程度のおぼろげな光すら見えない。ちくしょう。いったいぜんたいどうなっているんだ。この場所にいる理由が全く分からない。俺の身になにかあったのか?。体を探ってみたが、怪我はおろか俺が着ている服のほつれすらも全く見当たらない。不安に全身を包まれていることを除けばいたって健康体だ。ついでに体を探ったときズボンのポケットにあった財布の中を見たが申し訳程度の紙幣と小銭しかなかった。
「おーい、誰かいないかー!」
わずかな可能性をかけて思い切り叫んでみたが、案の定返事はなく俺の声は深淵の暗闇の中に吸い込まれていくだけだった。
このままここにいても仕方ない。俺は真正面に歩いてみることにした。
・・・しかしなにもない。驚くほどになにもない。あるのは俺の体を包み込む暗闇だけだ。ゆえに方向感覚もなにもあったもんじゃない。自分が真っ直ぐ歩いているという自信も全くない。真っ暗な世界というのはこうも人の感覚を狂わせるものなのか。本当に出口のない迷路に迷い混んでしまったかのようだった。
しかしここは本当に一体どこなのだろうか?。もしかしたら俺は交通事故かなんかで死んでしまってあの世へ来てしまったのだろうか。それにしてはひとっこ一人見当たらないというのもおかしい。1日に死ぬ人間の数なんてよく分からないが、少なくとも数十人は下らないだろう。それが見当たらないということはここは少なくともあの世ではない。死んでしまった訳ではないという思いが俺にほんの少しの希望をもたらしたが、それも暗闇の中を歩いているうちにすぐに消え失せた。歩けども歩けども何も見えてこないし何も聞こえない。いい加減この暗闇の世界にうんざりしてしまったのだ。
「誰かいないのかよー!」
叫んでも返事はないことは分かっていた。だがそうでもしないと自分の気がふれそうになるまで精神がすり減っているのも事実だった。そして体力的にも限界がきていた。
由希子はどうしているのかな、とふと思った。自分がこんなところに飛ばされていまごろ俺のことを探し回っているのかな、それとも迷惑かけないでよって怒ってたりするのかな、わかんねえや。ただ、由希子に悲しいおもいはさせたくないな。それだけは、はっきりと分かる。・・・少し休むか。
こうやって寝っころがっていると疲れがとれていくのがわかる。精神的にも少し余裕がでてきた。しかし、体感的にだが歩いて2・30分、いやもしかしたら1時間は経っているかもしれないのに全く風景が変わらないというのもすごいものだな。どれだけここは広いんだ。東京ドーム100個分ぐらいあるんじゃないのか。でも、なんで東京ドーム何個分っていうんだろう。そもそもなぜ東京ドームなんだろう、だれが言い出したんだろう。
「ぷっ・・はーはっはっはっ!」
下らないことを考えていたら笑いが込み上げてきて止まらなくなった。止めようと思っても止められない、笑いの限界突破だ。こうなったらやけだ。笑えるだけ笑っておけ。
「はっはっはっ・・・ふう」
好きなだけ笑ったらとてもすっきりした。充分疲れもとれたし、また歩いてみるか。と思っていたら、左側からかすかに金属音が鳴るのが聞こえた。一体なにがあったんだ?
、行ってみよう。
金属音が鳴った方向へ歩いていくと、先の方に光が見えてきた。これは元の世界に戻れるかもしれない、そんな気持ちで頭の中はいっぱいになった。
光の元にたどり着いて愕然とした。大きな檻がありその中で発光している少年が椅子に座っていた。間違いない、子供のころの俺だ。一体どうなっているんだ?
「気を付けて」
子供が話しかけてきた。その表情は逼迫したものがある。
「気を付けて?。一体何に?」
「君を狙いにくるものが現れるかもしれない」
「何いってんだ、お前?狙われるだと?。一体だれに狙われるっていうんだよ」
「僕はイモータライザー、不死たる者のコア。そしてここは僕の精神領域の中。君をここに連れてきたのも僕の力
。」
「だからなにがあったか詳しく説明しろ!。不死たる者?、精神領域?。さっぱりわかんねえよ!」
「覚えてないのかい?君の身になにがあったか?」
そう言うと子供の俺は右手を前に差し出した。すると子供の右手から光の玉のようなものがあらわれた。
「怖がらなくていいよ。君の記憶を思い出させてあげるだけだから・・・」
光の玉はゆっくりと俺の頭までやってきた。瞬間、俺の頭の中に鮮明な映像が流れ込んできた。
「これは、2日前?」
思い出した。これは確かに俺の記憶だ。2日前、由希子と一緒に帰っていた時だ。そしてこのあと、「う、うううっ」。
「大丈夫?」
「平気だ。あまり思い出したくないことがあるだけだから・・・」
映像は続いている。由希子と話している途中、突然背中に強い衝撃を覚えた。そしてその衝撃はすぐにとてつもない熱さと痛みに変わったんだ。俺は崩れ落ちる瞬間、視線の先に夏だというのに黒いパーカーを着た奴を見たんだ。間違いない。あいつが俺を刺したんだ。
「晴人!。晴人!。」
由希子の泣き叫ぶ声がかすかに聞こえてきた。俺死んじまうのかなっておもったら、よく覚えてないけど女の人の声が聞こえて俺の体に何かしたんだよな。そしたらさっきまでの痛みが嘘のように無くなり、残るであろう傷痕も綺麗に無くなってたんだ。
「どう?。思い出したかい」
子供が話しかけると同時に頭の中の映像が途切れた。
「だいたいな」
「それはよかった。そしてまだ話しておくことがある、きみには強力な力が宿っている」
「力?」
「そう。たとえば巨大な大木を一撃でなぎ倒したり、高いところから落っこちても怪我一つしなかったり、あとは・・・」
「なんだと?!。そんなスーパーマンみたいな力いらねえよ!」
「まあ、落ち着いて聞いてよ。その力は僕らイモータライザーにとって必要不可欠なものなんだ。偉大なる敵に対抗するためにね」
正直こいつの言ってることがよくわからなかった。偉大なる敵?。なんだ、その中二病みたいなネーミングセンスは。
「偉大なる敵については後で話すとして、あと君は他人の魂の純粋さを見分けられるようになったよ」
「あ、なんだそりゃ?」
「簡単に言えば善人か悪人か、嘘つきかどうかなんかを見抜く力ってとこかな。まあ、これは純粋にイモータライザーの力なんだけどね。さて、これで僕の話はおしまいだけど何か質問とかある?」
「あー、色々ありすぎて頭んなかごちゃごちゃだが・・・。お前、なんですぐに俺の目の前に現れなかったんだ?。自分の世界なんだからそれぐらい簡単だろう」
そう言うと子供は少し困った表情を浮かべた。
「うーんとね、それは魂の融合が完璧じゃなかったからなんだ。僕は二日前に君のコアになったよね?。だから君の意識を探すのに少し手間取ったんだ。本来、魂の融合というのは数日かけてするもので・・・」
「あー小難しい話はもういい!。質問ももう無い!」
「そう、分かった。じゃあ今日はもうお別れだね。」
子供が左手を上に掲げると檻の脇の何もない空間に扉が現れた。この扉がこの世界の出口なのだろう。
「その扉をくぐれば自分の意識の世界に戻れるよ。もっとも今、君は寝ている状態だから意識もなにもあったもんじゃないけどね。」
子供はおもしろそうに言った。
扉をあけるとほのかな光が空間内に射し込んできた。
「じゃあな、子供」
「うん。それじゃまたね」
子供に別れの言葉を言い扉をくぐると、自分の体が塵のように空間内に溶け込んでいくのが分かった。そして徐々に意識は薄れていった。