09:目撃者は語らない
そこには、若原がいた。あたしと目が合うと、若原はニッカリと笑った。
「お邪魔だった?」
「何してんのよ」
自分でも驚くほど、声に刺があった。
本宮にプレゼントをあげたこともそうだけどさっきニヤニヤひとりで笑ってたのを見られたのは――死ぬほど恥ずかしい。自分の頬がかっと熱くなるのがわかって、あたしは口にブレーキが利かなかった。
「何コソコソしてたワケ?」
「……オレ、カバン取りに来ただけなんだけど?」
あたしのキツい台詞に若原は動じず、いつもどおり軽い口調でそう言うと自分の席へ向かう。ガタガタと響く音が、嫌に耳にうるさい。顔、熱い。
若原がカバンを手にする音の後、ちょっと間があって、そしてぽつりと続けた。
「渡せてよかったじゃん」
「な―――!」
あたしが振り返ると、若原はもう背を向けて後ろの扉に向かっていた。
「若原!」
あたしが怒鳴ると、若原はぴたりと足を止めた。そしてちょっと振り返ると「何?」と聞く。
「――ずっと、見てたの?」
押し殺した声は、自分でもわかった。震えてる。怒りで震えてる。
「んー、まあそんなとこかな」
軽く答えてまた出て行こうとする若原に、あたしはカッとして拳を握り締める。
「盗み聞き、してたってコト」
歩き始めてた若原の足がぴたりと止まる。けど、あたしの口は止まらなかった。
「あんたってサイテー! 裏でコソコソ盗み聞きなんて……ッ!」
言い過ぎた、とすぐに思った。自分で言った言葉を口に押し戻したいとも思った。
ごめん若原、と口にしようとした矢先に飲みこんでしまったのは、今まで見たこともないような冷ややかな若原の視線のせいだった。
いつもの若原じゃない。軽くてお調子者で女の子が大好きな、いつもの若原は笑顔しか知らない。こんな風に――酷く強く睨まれるなんて。
「……悪かったな、コソコソしてて」
聞いたこともないような冷たい声だった。
若原はぼそりとそれだけ言うと、くるりと踵を返す。その背中はあたしの言葉も、手も、謝罪も、何もかもを拒否しているように見えた。
事実あたしは、若原に謝るどころか呼び止めることすら、出来なかった。