08:ハッピーバースディ
本宮の誕生日、当日。亜矢と本宮は一緒に登校してきた。プレゼントは駅のロッカーに入れてきたと亜矢はこっそりあたしに耳打ちする。
そしてあたしのカバンには――あのキーホルダーが小さな紙袋にリボンと一緒に入ってる。
もしチャンスがあったら渡したい。そう考えてたあたしは、授業が終わるまでずっとドキドキしていた。けれど亜矢はずっと本宮にべったりで、結局あたしは何も出来ずに二人が帰るのを教室で見送っただけだった。
「じゃーねー、結ちゃんお先に!」
「紺野、じゃあな」
二人で仲良く手を振られたら、あたしだって振り返さないわけにいかない。
「また明日ねー」
ニッコリ笑って手を振ったあたしに、思わせぶりに亜矢がウィンクして教室を出て行く。その腕が、さらりと本宮の腕にからみつくのが僅かに見えた。
ドアが閉まると、あたしは小さく溜息をついて机に突っ伏した。何人かのクラスメイトたちがじゃあねーと言いながら教室を去っていく中、あたしはしばらくそうしていたけれど人の気配がなくなったのを感じてむくりと起き上がる。
あーあ、やっぱ無理だよね。フツーに渡せればよかったかなあ。友達だもん、『ハイコレ!』って。……無理があるかなあ。
カバンから紙袋を取り出す。中のキーホルダーに紺色のリボンを結んだだけで、紙袋はその辺にあるような無骨なやつだ。これなら、亜矢に見られても良かったかなあ。
ちらりと中を覗こうとしたときに、突然ドアが開く音がしてあたしは咄嗟にそれを握り締めた。
「あれ、紺野、まだいたのか」
「ど……したの? 忘れ物ー?」
心臓が破裂しそうだった。瞬きが多かったかもしれない。普通の声が出ただろうか。
本宮は「ああ」と言って自分の席から数学の教科書を取り出した。それをあたしに掲げて見せ、「俺、明日当たるからさ」と照れくさそうに笑う。
その次の言葉は『じゃあな』だろうと感じたあたしはがたんと立ち上がり、「あのさ」と最初の一言を口にする。
「ん?」
「あ……えっと、亜矢は?」
本人がいないところで亜矢の話になるといつも本宮がみせる、恥ずかしそうな笑みが浮かんだ。そして教科書でヒョイとその方向を差した。
「校門のとこで待っててもらってる」
「そか」
あたしはさっき握り締めてしまった紙袋の皺を丁寧に伸ばしながら、まだ迷っていた。
どうしよう、どうしよう。でも、今しかない。今しかないけど、でも、どうしよう。
「っ誕生日……なんだよね。おめでとう」
やっとで、そう言えた。なんだか詰まったけど。そして一歩、本宮に近づく。本宮は教科書をカバンにしまいながら「ああ」と笑う。
「亜矢に聞いたの? サンキュー」
本宮はちょっと照れた風に笑った。いつも亜矢を見つめてる視線が、あたしに留まる。思い切って、包みを持った手を本宮に差し出す。ほら――言わないと。早く。
本宮はそれを見てちょっと不思議そうにしてたけど、ふいとあたしを見た。
「俺に?」
「そ……う。本宮に」
訊ねてくれなかったらあたし、何も言えなかったかもしれない。本宮はいつもどおりに受け取った。
「何かな」
「家で、見て」
「ん」
今にも覗き込もうとしていた本宮の行動をそう制すると、素直に頷いてくれてあたしはほっとする。
「サンキュ!」
本宮は袋を掲げてじゃあなの代わりにそう言うと、教室を出て行った。小さくなっていく足音に、あたしはほっとして表情が緩む。
良かった、渡せて。ひとりニヤニヤしてる自覚はあったけど、構わずそのまま自分の席に戻る。
――と。
がたんと扉の音がする。そうだ、前の扉、立て付けが悪くて時々うまく開かない。