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39:君へのプレゼント

 沈黙は、苦にならなかった。本宮は穏やかな表情でいたし、あたし自身も何かを脱ぎ捨てたように身軽ですっきりとした気分でいた。ちょうどそこへ新しいコーヒーのお代わりが注がれ、あたしたちは目を合わせてふふふっと笑う。

 今までと同じようでいて異なる、別な意味での共犯の笑み。

「ねえ、あたしね」

 自然に言葉がついて出るような感覚は初めてだった。伝えたい、と思った。今、あたしが思っていること、大事に思っていることを伝えたい――本宮はもしかしたらちゃんと感じ取ってくれているかもしれないけど、でも、あたしの気持ちをあたしの言葉で、声で、伝えたい。

「本宮のことも、亜矢のことも、大好きだよ」

 今までのあたしならきっとこんな台詞、素直に言うことなんて出来なかっただろう。自分の気持ちを言葉で相手に伝えることがずっと恥ずかしいと思っていた。

 もちろん今もそうだけれど……今は恥ずかしさよりもなによりも、伝えたい気持ちの方が強い。

「大好きな友達のことはいつだって信じてる。本宮とも、亜矢とも、みんなで笑っていたいなって思ってるよ」

 笑おうと意識するよりも胸の奥のほうがあったかくなってきて、それが涙の代わりに笑顔に広がった感じがした。本宮はあたしをまじまじと見つめていたけれど、やがてちょっと耳を赤らめて、言った。

「紺野さ……そういうとこ、可愛いよな」

「え」

 今までそんなこと、一度も言われたことがなかった。本宮に、さえも。

 ああ、亜矢にはたまに言われてたけど――それとは全然違う。

「俺が亜矢よりも紺野が可愛いって思うのはそういうところ、かな」

 本宮は屈託なくさらりとそう続けたけれど……あたしにしては想定すらしてなかったことで、心臓がどきどきと跳ね始める。

「亜矢……より?」

「そう。亜矢より」

 亜矢の姿を遠くから見つめるときのように、本宮は僅かに眩しそうに目を細めた。――そうだ、知ってる。それはいとおしげに相手を見るときの、本宮の表情。

「そのくせ素直じゃないところとかも、可愛いけどね」

「ちょ……ちょっとやめてよ!」

 慌てて制すも、本宮はにっこりと笑ってあたしを見ているばかりだ。いつのまにか彼の耳の赤みは消えていて、照れた表情は悪戯っぽいそれにすりかわっている。

 焦るあたしを見てその笑みを顔中に広げる本宮はますます楽しげだった。肩を揺らして笑いながら「ごめんごめん」と謝ると、急にまっすぐあたしを見つめる。

「素直じゃない紺野に、俺から、プレゼント」

 本宮はそう言って、ちょっと座りなおす。そしてあたしを見つめたまま、緩やかに微笑む。

「今日、実は待ちぼうけかもって思ってた。……紺野が来てくれて、嬉しかった」

「そんなこと……」

 軽く首を振って否定する。ちらっと頭をよぎるもうひとつの約束のことは押し殺しておいた。

僅かに頭を左右に揺らしたあたしに気づいた本宮は軽く頷いて、続けた。

「行って、いいよ」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 重ねるまばたきの先で、本宮はにっこりと笑ったまま大きく頷く。

 いつもの穏やかな笑みをたたえた本宮が告げた言葉を、あたしは何度も繰り返していた。そう、昨夜の亜矢のように、いいんだよって、言ってくれた。いいよって――行って、いいよ。

 急速に胸が締め付けられて、呼吸が苦しくなるような気がしてくる。思わず胸を抑えたあたしの手のひらの先で、心の中の一番奥に押さえ込んでいた小さな箱の蓋が、開いた。

「あたし……」

「素直じゃない紺野は可愛いけど」

くすり、と本宮が笑みを浮かべる。

「時々素直になるのはもっと可愛い」

「本宮、あたしで遊んでるでしょ」

じろりと上目遣いに見ると、本宮はおかしそうに笑って、そしてすいと真顔に戻る。

「ごめん。――でもさっきのは、本気」

行って、いいよ。もう一度、本宮の声が蘇る。そしてもうひとつの約束も。迷って視線を落とすあたしに、本宮が追い討ちをかける。「いいよ」、と。

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