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35:つながらない

 あれ以来、若原は学校に来ていない。

 あたしはまだ、若原に対して何かを説明出来るとか、謝るとか、どういう態度に出るべきなのか自分でもわからなくて、散々考えた挙句にやっと、とりあえず最低限の挨拶だけはしようという結論に至って登校したのだけれど……若原はお休みだった。

 ちょっとほっとしたのは事実で、あたしは空席をときどき見つめては小さく溜息をつく。

 いろんなことをきちんとしなければいけないのはわかっていた。若原のしたことも、あたしの気持ちも、本宮の思いも――だけどあたしは、ぐずぐずとそこから立ち上がれないでいる。はっきりとさせるのが怖いのは、あたしだけなんだろうか。

 本宮は、穏やかに約束の日を待っているように見える。あたしはその優しさに甘えて、若原が登校しないことをいいことに明言を避けていた。そんなずるい自分が嫌だった。

 そして週が明けても若原は来なかった。先週から数えると、今日で四日目――

「あの、さ、若原と連絡……とってる?」

「いや」

 朝のホームルーム前、本宮にそう尋ねると彼も眉をしかめて首を振った。本宮も心配しているのはその表情でわかる。

「どうしたんだろーね、希くん」

 亜矢も不安げにそう呟いて、ふと気づいたように「電話してみよっか!」と背をピンと伸ばす。

「コールはするけど出ないんだ、あいつ。メールしてもなしのつぶてだし」

「そっかあ……病気とかじゃなければいーんだけどねー」

「ま、前も似たようなことあったから、そのうち来るんじゃないかな」

 本宮がにっこり笑って言ったそれはあたしたちを安心させるためのものだっていうことはわかった。亜矢は知ってか知らずか、「そうだよねー」と素直に頷く。

 あたしは――苦笑を口許に刻むので精一杯だった。勿論あの夜のことは亜矢にも本宮にも言っていない。当然だ、言えるはずがない。だからあたしは、それ以上若原のことを気にする素振りさえ、見せることは出来なかった。

 その夜、あたしは自分の部屋でケータイとにらめっこすること一時間――若原に電話をするかどうか迷っていた。本宮からの電話には出なかったって言ってたけど……あたしからならもしかしたら出るかもという期待があったのは確かで、それは恋愛感情とかそういうもののせいではなく、若原が休んでいるのがもしあたしのことが原因なら――出てくれるかもしれない、と思ったからだ。

 アドレス帳から若原の番号を呼び出して、しばらくじっと見つめていた。そのうち液晶のバックライトが消えて真っ暗に切り替わる。あたしは真っ暗な画面をしばらく眺めて――そしてゆっくりと通話ボタンを押した。

 一度目で明るくなった液晶に、若原の名前が浮かび上がるより前にもう一度通話ボタンを押した。半分勢いで。あたしはそのままケータイを耳に当てる。電子音が続く。

 十数回目のコールで、唐突に電話は切れた。電話の向こうにいないのか、もしくはあたしの名前表示を見て出なかったのか……あたしはぱたんとケータイを閉じると、溜息をついてそのままベッドに横になる。なかなか寝付けない理由が、若原からのコールバックを待っているんだと、わかっていた。


 翌日、若原が休み始めて五日目、朝のホームルームのあとで本宮が職員室に呼ばれた。今朝も亜矢と本宮と三人で、若原来ないねーとここ数日のお決まりの台詞を言い合ったばかりで、嫌な予感がしていた。それは亜矢も同じらしくて、不安げに自分を抱きしめるようにしてあたしを見上げてた。

「どうしたんだろうね、希くん」

「うん……まあ、本宮が戻ってくれば何かわかるでしょ」

 意識的ににこりと口角を上げたあたしの笑顔でも、亜矢はほっとしたように頷く。そのとき後ろの扉から本宮が入ってきたことに、あたしたちは同時に気づいて振り返った。

「なんだったの?」

 亜矢が我慢し切れないように本宮に訊ねた。本宮の表情は真顔で、いつもの柔らかそうな雰囲気は消えている。それが怒っているようにも見えて、あたしは何も言えずにただ本宮の返事を待った。

 あたしたちの注視の中、本宮は呆れたように溜息をつく。その仕草で、深刻な状況ではないんだってことが伝わってきて、あたしはまずほっと息をついた。

「停学、十日間だって」

「停学?」

 亜矢が鸚鵡返しに聞き返すのへ、本宮が頷く。真顔が崩れて、不愉快そうに歪む。

「例のバイト、バレたらしい。学校サボってまでバイトに詰めてたみたいでさ。ったくあいつ、何考えてんだか」

 本宮の、ここまで不機嫌な顔は初めて見た、とあたしは考えながら『シャンテ』を思い出す。うちの学校がバイト禁止じゃないとはいえ、あの立地条件にあの雰囲気じゃ……バレるだけでもまずいのに、学校サボってバイトじゃフォローのしようがない。本宮もそれがわかってるから、不愉快なんだろう。

 それでもあたしは、ずっと刺さっていた刺を抜くことが出来なかった。バイトもそうだけど、若原が学校に来なかったのはあたしに会いたくなかったからじゃないか――そんな考えが頭から離れない。そんなの、自惚れてるだけかもしれないのに。

「ったく、だから気をつけろってあれだけ言ったのに」

「でも、十日で済んでよかったね〜」

 にこやかに笑って言った亜矢の言葉にも、本宮はあくまでも不機嫌なままだった。それは本宮と若原が仲がいいからこその不快さなんだろう、と思う。本宮は亜矢の笑顔を数秒見つめてしかめた眉を僅かに緩めると、ふうっと息をつく。

「俺今日、担任と一緒にあいつんち行って来る。あの馬鹿、そろそろシメないともうどうにもならないな」

 眉を寄せたまま溜息をついて、本宮が言ったのへ、亜矢が反応して手を上げた。

「あ、あたしも行きたい! 結ちゃんも行くよね?」

 笑顔で振られたあたしは、ぎこちなく笑顔で受け取ると、「あ〜……」と目を逸らして首を傾げてみせる。たぶん、あたしは行かないほうがいい。特に本宮と亜矢と一緒なんて。

「ごめん、今日はダメなんだ、予定があって」

「えー、ざんねーん」

 しゅんとなる亜矢に、あたしは「ごめんね」と今度は本当に苦笑を沿えて謝った。本宮が複雑な表情をしていたのが視界の端に映ったけれど……あたしは気づかない振りをした。

 

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