32:雨降って地固まる?
翌朝、あたしは亜矢を急かしながら支度をして家を出た。幸い亜矢の家よりうちの方が学校に近いから、亜矢は「いつもより余裕!」とかかましてたけど、結局ドライヤーとの奮闘をあたしに中断されて膨れっ面のまま家を出る。
「もー、髪サイアクっ! 今度結ちゃんちにマイドライヤー、置かせてもらお」
「二度と泊めなーい」
朝からじゃれあいながらいつもの道を学校へ向かう途中、公園の人影に気がついた。あたしの視線の先を追うように、亜矢もそれに気づく。
「おはよう」
本宮があたしを見て、ちょっと照れくさそうにしながら言った。咄嗟に返事が出来なかったあたしの背中を拳でぐりぐりっとすると、亜矢が先に「おはよう、亮くん!」と公園へ駆けていく。
「おはよう、笹木」
「先に行くねー、チコクするなよ?」
ウィンクしてそう言い残すと、亜矢は手を振って小走りに駆けていく。その背中へ本宮が苦笑しながら「笹木じゃあるまいし」と言うと、亜矢は振り返ってイーっと歯を剥いた。
「―― 一緒に行こうと思って」
本宮はあたしに向き直る。あたしはぎこちなく頷くと、いつもの道を歩き始める。隣に、本宮。視界の端っこに本宮の足が時々見える。
「笹木、泊まったの?」
「あ……うん、心配してくれて」
「……ごめん、昨日は」
本宮に謝られて、初めて自分の失言に気づいたあたしはぱっと本宮を見上げる。
「そっ、そう言う意味じゃなくて……!」
「いや」
あたしの否定を本宮が再否定する。真面目な横顔は、ちょっと緊張気味に見えた。
「昨日は、ホントにごめん。ちゃんと話す時間、もらえるかな」
「ん」
あたしは短く返事をして、にっこり笑った。目が合った本宮も恥ずかしそうに笑って、「あ、でも」と照れくさそうに目を逸らす。
「今週末、試合で時間取れないんだ。――来週末、大丈夫?」
「あたしも今週末は大会だから」
頷きながらそう答えると本宮はほっとしたように笑って、「じゃ、来週」と繰り返す。なんだか久々にくすぐったい気持ちになって、あたしはひとりでにこりと笑った。
これでいい――多少ぎくしゃくしていても、こうやって仲直りをしていけばいい。少しずつの積み重ねを続けていけば、いつかそれが真実になるだろう。それを、本宮と一緒に出来るのなら、それでいい。
教室では亜矢が満面の笑顔で待っていた。あたしがなにか言うよりも早く察したようで、すすっと近づいてくると小声で「良かったねっ」と囁いた。微笑して頷くと、亜矢がちらりと周囲に視線を走らせて、再度にこりと笑う。
「話題になってたよ、亮くんと結ちゃんのこと」
「え……?」
亜矢にしては珍しく、低く声を落としたその台詞を聞き返すと、亜矢はあたしの耳元に唇を寄せて囁いた。
「皆びっくりしてたけど、ああやっぱりそうなんだーって感じ?」
担任が姿を現したのと予鈴が鳴ったのと被りながらも亜矢は早口でそう言うと、ウィンクを残して自分の席に戻っていった。