03:はじめまして
亜矢が膨れるのを本宮と二人で笑っていると、急に背中から声が振ってくる。
「あーあ、亜矢ちゃんで遊び過ぎだろ、亮輔。よしよし、姫はオレが助けてやろう」
その見知らぬ声を見上げると、どこかで見た顔……な、気がする。
茶髪をかきあげながら登場したそいつは、気安く亜矢の頭を撫でると「ねー?」と言いながらその顔を覗き込む。
「希くん、優しいよねー」
「そりゃーね、オレは女のコには優しいの。知らなかった?」
本宮と一緒にいるところを何度か見たことのある男子だ、とあたしがそいつの外見的特徴を認識したとき、ふと目が合って、あたしはどきりとするよりにっと笑ってみせる。
「良くないなー、下手な鉄砲になっちゃうよー?」
「まーさか! オレだって選ぶしねー」
喋るのは初めてだけど、そんなことを感じさせないくらいそいつは軽く返してくる。亜矢がもう機嫌を直してくすくす笑う。
「希くん、選ぶって言うより手当たり次第だよね?」
「お、それってちょっと心外。オレは亮輔みたいにムッツリ君じゃないだけだってー」
「おいおい、人聞きの悪いこと……あ、紺野、初めてじゃないか、希?」
本宮がさらりと気づいて話を振ってくれる。そういう小さい優しさをさりげなく持ってるのも、知ってる。だから――
茶髪がぱっと笑顔を浮かべてあたしを見、にっこりスマイル。
「あ、初めまして? ヨロシクねー、オレ、若原希でっす」
「わかはら……? え、若原って、あの……?」
あたしは思わず素で聞き直した。
わかはらのぞみ。そう、名前はよーく知ってる。女にかまけてバスケ部退部寸前だとか、先輩の彼女にちょっかい出してボコられたとか、いっつも連れてる女の子が違うとか、繁華街で遊んでるとか…まあいわゆる、それ系の噂話で。
あたしが思わず漏らしたそれに本宮が深く溜息をつき、そしてぽんとその手を肩に置く。
「……名前、売れてるな、希」
「みたいだなー。オレって有名人?」
本宮の皮肉を知ってか知らずか若原、気にしてない声音で返答。そしてニヤリと笑って、わざとらしく髪を撫でつけてみたり。
本宮が、カッコつけた仕草を連発している若原を見てますます白けたように横目で睨んだ。
「……いろんな意味でな」
「うわー、亮輔ってたまにキツいよなー」
「お前にだけな」
「歪んでる愛情表現ってなわけね」
うんうんうんと頷きながら悦に入っている若原と、それをじっとり睨む本宮。
へーえ、本宮って穏やかで落ち着いた印象だったけど……こんな面もあるんだ。大人っぽい雰囲気が一転して、まるで子供みたいに幼い。それがなんだか可愛くて、くすりと僅かに笑みを漏らすあたしの隣で、まさしくその、思ったとおりの言葉が飛び出したのが聞こえた。
「亮くんて、希くんと一緒だと幼く見えるよねー」
ニコニコしながら亜矢が言う。あたしはまるで心の中を覗き見されたような気分がしてさっと笑みが凍りついた。
ううん、亜矢はそんな子じゃない。鈍い、というとちょっと語弊があるけど…あたしが本宮に惹かれてたなんてこと、気づいていない。亜矢はあたまから相手を信じるタイプだし、あたしのことを親友として大事に思ってくれてることも知ってる。「結ちゃんも早く彼氏作りなよ〜」なんて、他愛なく言っちゃうタイプだ。
そしてあたしは人一倍、そういうコトを素直に口に出すのが苦手、と来ている。秘密主義とよく言われてきたけれど、こればっかりは仕方ない。どうしたら亜矢みたいに屈託なく、且つ自然に好きな人の話が出来るのか――あたしが教えて欲しいくらいだ。
あたしが真顔になったのはきっと刹那のこと。
「違う、こいつはいつもガキなの。カッコつけなんだよ、亮輔」
雰囲気は変わらず、本宮を殴る真似をして若原が言う。その拳を本宮がさりげなく逸らして、そして軽く亜矢の腕に触れた。
「さ、教室行こうか」
言葉はどちらかというと亜矢よりあたしに向けて放たれていたけど、その手は亜矢をエスコートしていた。
「そーね、そうしましょ」
あたしはわざと本宮に乗って若原を軽く横目でチラ見して、二人の後に続く。
「皆、ツメタイ……」
わざとらしく大袈裟にうな垂れる若原を残して、あたしたちは教室へと向かった。新しい一年を紡ぐ、二年C組の教室。