28:誰にも言えないSOS
翌日、あたしは初めて学校をサボった。
制服だと目立つかと思っていたら街中には結構制服の子がいて、あたしはほっとしつつぶらぶらと過ごした。別にどこに行きたいのもなかった。ただ、学校に行きたくなかった。本宮にも亜矢にも会いたくなかった。そんな風に考える自分が偽善者みたいでもっと嫌で、あたしはファストフードとCD屋と本屋を幾つもはしごしていた。
街はランチタイムが過ぎると往来の人通りが増えてくる。あたしはすっかり疲れきって表通りを避け、裏通りの公園でしばらくぼんやりしたあとで、さすがに疲れてコーヒーチェーンの店に入った。店内の広さと客のまばらなところがちょっと落ち着く雰囲気で、あたしはほっとして壁際の目立たない一角を陣取った。
ポケットからケータイをテーブルに出すと、じゃらりとストラップが音を立てる。その中の白いパールがやけに光って見えて目を細めた。
……そういえば本宮のケータイには、これ、ついてなかったな。そりゃそうか、本宮にとってあれは亜矢とのおそろいであって……あたしと、じゃない。
例えばそんな小さなことがいちいち刺になってくるのにも疲れて、あたしはケータイを開きもせずに鞄に押し込んだ。
午前中、暇つぶし用にと買った本をぱらぱらめくりながら、目は文字なんて一文字も読んでいなかった。何を考えればいいのか、どうすればいいのか、思いつきもせずただ機械的に紙をめくるだけの作業を続けていた。
お代わりを買おうかな、と思ったのはどれくらい経ってからか、目の前の空のカップに気づいたあたしが本をしまおうかとしたその瞬間、アイスコーヒーのグラスがごとりとテーブルに置かれてあたしはその主を見上げる。
「な……にしてんの?」
「コーヒー」
若原が、無造作に向かいに腰掛けてストローを差し込む。慌てて時計を見るけど……まだ、授業中のはずの時間だ。それに若原も、制服。
「若原、学校は……?」
「学校はって……お前もだろ」
ちらりとあたしを悪戯っぽく見上げて答えた若原に、そういえばそうかとあたしは苦笑を漏らす。
「あー……あたしは……初サボリ、しちゃった」
「バーカ」
若原が言うのへ軽く足を蹴っておく。くるくる回していたストローでコーヒーを半分ほど飲み干すと、若原は「あーーーー」と言いながら背もたれに背中を預ける。
「なぁーんで言ってこねぇんだよ!」
「……へ? なにを?」
話の意図がわからず、きょとんと間抜けな返事をしたあたしを軽く睨んで、若原が苛立たしげに言う。
「なにも、か・も!」
「なにもかもって……だって……」
言いよどんで目を逸らすと、若原がちょっと真面目な声で尋ねる。
「雪緒がなんか言ったのか?」
ゆきお。――内沢さん。彼女の冷たい横顔が頭の中に蘇る。
「ちがうよ、そうじゃなくて」
慌てて否定するあたしに、若原がぴくりと眉を吊り上げる。
「そうじゃねーならなんでオレに頼らねーんだよ。何ひとりで考えてんだよ、このバカ!」
真面目な顔で言われて、あたしはぐっと唇を噛んだ。
内沢さんには確かに若原に近づくなとは言われたけど、そのせいだけじゃない。あたし自身が自分がみっともなくて、嫌で、嫌いだったから――
若原が真剣な表情であたしを睨んでいる。それを感じると、あたしは堪えていた涙がぽろりと一粒、こぼれるのがわかった。
一粒こぼれると、次から次へと溢れてきて、慌ててハンカチで目を覆う。
「……それでいーんだよ」
ぶっきらぼうな若原の言葉に、あたしは大きく呼気を吸い込んだ。
「若原が、泣かせた……」
言ってちらりと若原を見ると、じとーっとあたしを睨む。
「てめ、責任転嫁か? いい性格だなー」
「だって事実だもん。若原が泣かせたんだもん」
まるで子供みたいだと重いながらそう重ねると、若原は不快そうに眉をひそめていたけど、あたしがちょっと笑うと、ふうっと息をついてあたしの髪をくしゃくしゃっと撫でまわす。
「ま、今日は許してやろう。……これくらいで」
「やだーもう、くしゃくしゃにしないでよ!」
別に、若原は何か相談に乗ってくれたとかそう言うんじゃなく、ただコーヒーを飲みながらいつも通りのくだらない話をしていただけだったけど、あたしはすっかり気分が晴れていた。……まぶたは腫れちゃったけど。
夕方、暗くなる前に送っていくと強硬に言い続けた若原に根負けして、あたしは家の近くまで送ってもらうことにした。
このあと何かあったら後味悪いから、とは言ってたけど……心配してくれてるのがわかったから、あたしはいつものようにふざけて恩着せがましく了解したのだ。
「ねえ、あのさー」
「うん?」
と答えて若原を見上げるけど、前を向いたままだった若原がいきなり、左手であたしの右手を掴んで、そしてその掴んだ手を掲げてあたしに向かってニッと笑う。
「手、つないでいい?」
「もうつないでるくせに何言ってんの!」
強引に振りほどこうとすると、ぐっと力が入れられる。
「いーじゃん、少しだけ〜」
「スケベ!」
「おおっ、差別的発言。男は皆スケベだっつの」
あたしの抗議を笑いながらスルーする若原にそれ以上何やかや言うのが面倒になって、あたしは半ば諦めてそのままつながれていた。
そしてここを突っ切るともうすぐそこが家、という公園に入ったとき、あたしは改めてつながれてる右手を掲げる。
「ねえ、いー加減放してよ。もう家、そこなんだけどー」
「え〜、冷たいなあ…」
そう言いつつ、さっぱり放す気のない若原に、公園を横切りながら何度かそのやり取りをしたとき。
誰かがいるのが見えた。あたしの視線と足が固定されたのを見て、若原も足を止めてあたしの視線を追う。
……本宮、だった。
今までに見たことないような真面目な、怒ったような顔をしてあたしを見ていた。若原は気づいたにもかかわらず、手を放そうとしない。あたしが解こうとすると、ぎゅっと強く握って放さない。
本宮がゆっくりと近づいてくる。