27:ひたむきなストレート
噂なんて放っとけばいいというのは確かにそうかもしれない、とあたしは考えていた。あたしと本宮がわかってればいい、あ、あと亜矢も。全員に細かい事情を話すわけにいかないし、都度都度説明するのも面倒だもの。
そう考えたあたしは、翌日もまだ衰えない好奇の視線を完全に無視して一日を終えた。幸い、亜矢を初めとして部活の友達も、他のクラスの友達も、あたしと仲の良かった子はちゃんとわかってくれていた。それがわかってちょっと嬉しかったのもあって……昇降口でいきなり伊東さんに会ったときもあたしは強気な気分でいた。
じっと数秒見つめあったあと、あたしは黙ったまま自分の靴箱へ向かい、靴を履き替える。伊東さんは何も言ってこない。……ま、別にあたしから何か声をかけるようなことじゃないし。
そう思って気にせずに帰ろうとしたとき、やっと呼び止められた。
「紺野先輩」
「……なにかな」
振り返ったあたしは、伊東さんの出方を伺うように、毒のない声でまずそう返事をした。きゅっと唇を結んで、どこか怒っているような顔は昨日と一緒だ。
「昨日はわたし、言い過ぎました。ごめんなさい」
怒ったような声のままでそう一気に言うと、伊東さんはぴょこんと頭を下げる。
予想外の行動にあたしが正直驚いて黙ったままでいると、伊東さんはひっくとしゃくりあげて頭をあげた。――涙。そうか、泣くのを堪えようとしてたから。
さっき、彼女が怒ったような表情と声とをしていた理由がわかって、あたしは「うん」と短く答えた。伊東さんは素早く両目を手の甲でこすると、赤い目であたしをまっすぐに見る。
「すみませんでした」
そして伊東さんはもう一度、軽く頭を下げた。頭をあげた伊東さんと視線を合わせたままあたしは数秒見つめて、そしてゆっくりと口を開いた。
「好き、なんだよね?」
「……はい」
低い声がもしかしたら届かないかも、と思っていたのは杞憂で、あたしの問いに伊東さんはゆっくり頷く。
やっぱり、と息をついたあたしの前で伊東さんは下唇を少し噛んでから、目を逸らした。
「入部したときから、ずっと、本宮先輩が好きです」
細い、細い声。
そうだよね、本宮、モテるもん。それはあたしも良く知っていた。弓道部でも人気があるっていうのも知ってた。たぶん、伊東さん以外にも本宮を好きな子はいるんだろう。
あたしが黙っていると、伊東さんはぐっと顎を上げて、あたしを見る。その強い視線につい、数回瞬きをしてあたしは目を伏せた。
「わたし、諦めませんから。……失礼します」
最後はぺこりとまた頭を下げて、伊東さんはバタバタと走っていってしまう。
昨日のことを謝りに来たのかと思ったら……宣戦布告、だったのかな。それとこれとは別でもまあ、いいんだけど。
あたしは伊東さんが去った方向をしばらく眺めてから、ゆっくりと校門へ向かう。のんびりと駅までの道を歩きながら、溜息が続く。
本宮は……伊東さんのこと、どう思ってるんだろう。もしも亜矢と別れたあとで本宮を慰めたのが伊東さんだったら? もしも今、伊東さんが本宮に告白をしたら……どうなるんだろう。
自分でその答えはわかっていた。だって、本宮はまだ――亜矢のことが、好きなんだから。
例えば毎日かわされる幾つものメールも、夜にたまにかかってくる電話も、亜矢を失った淋しさを紛らわせているんだってことに、あたしも気づいてる。本宮もきっとそれをわかってる。だからじゃないけど、あたしからは何も言えない。
普段愚痴も弱音も言わない人が、あんな風に自分のことを情けないって言うなんて。あたしが傍にいることで本宮の気が紛れるんだったらそれでもいい、と思っていた。それがとても不毛なんだということは……わかってた。最初からわかってた。
どうしたらいいんだろう。どうしたらよかったんだろう。
今更亜矢にこんなことは言えない。あの子はあれでいて考える子だから、自分のせいであたしが、って考えちゃうだろう。若原にだって言えるはずない。あたしは若原に、それでもいいのかって念を押されていいって答えたんだもの。今更、そんなこと言えるはずがない。
ぐるぐると、答えのないクエスチョンマークが回っている。