26:秘められし想い
どんよりした気分で昇降口に下りると、「紺野先輩」と声がかかった。一瞬、テニス部の後輩かと思って振り返ると……知らない子がぺこりと頭を下げた。
「一年の、伊東といいます。いきなりすみません」
いとうさん……部活じゃなければ委員会? そう思ってあれこれ記憶を手繰るもどこで会った子か出てこない。
「噂は本当ですか」
「え」
いきなりのストレートな質問に、あたしは一瞬戸惑った。
「本宮先輩が傷ついているところにつけこんだって、本当ですか」
ストレート過ぎるその質問は、やはり言葉にされたショックでちょっとの間、答えが出来なかった。違う、と言い切れない自分が腹立たしい。
「そういうわけじゃなくて、色々事情があって」
なんて言えばいいんだろう。一言で済ませることが出来なくて、あたしは言葉を捜す。
「誤魔化さなくていいです。だって、本宮先輩はずっと笹木先輩のこと好きだったじゃないですか」
その一言が、あたしの胸を突く。
――そんなの、知ってる。言われなくたってわかってる。本宮が亜矢のことをどれだけ好きだったか、そんなの、あたしが一番良く知ってる。
「笹木先輩に振られて傷ついてるところにつけこんだって本当なんですか」
質問が繰り返される。噂されることに慣れてなくてイラついてた気持ちが、じわりと大きくなる。強く言い返そうとしたとき、唐突に「紺野」と名前を呼ばれた。
あたしだけじゃなく、伊東さんも振り返る。その声が、今話にあがっていた人物のものだとわかっていたから。
「一緒に帰ろう」
本宮の声はいつもどおりだったけれど、顔は笑っていなかった。さっきもそうだったけど、今はどちらかというと我慢している感じだ。
「……うん」
あたしの返事に頷くと、本宮はさっさと自分の上履きをしまって靴を取り出す。それに倣って、あたしも急いで靴を履き替える。さっきから完全に無視されている伊東さんは、唇を噛んで俯き加減に本宮を見ていた。
「伊東」
あたしが履き替えたのを見届けた本宮は、そこで初めて伊東さんに向き直った。
「今日一年は基礎練だろ。休むなよ」
あ、なるほど。伊東さんて弓道部の子だったんだ。
「……はい」
「それから」
か細い声の返事に被せるように、本宮は続けた。
「くだらない噂を鵜呑みにするな」
完全に俯いてしまった伊東さんを置いて、本宮はあたしをちらりと見て促す。それに沿って、本宮と一緒に昇降口を出た。
あの子……伊東さん。本宮のことが好きなんだ……
誰かを好きになる気持ちはわからなくはない。もしその相手が意図的に傷つけられたりすれば、確かに腹が立つのもわかる。例えば内沢さんがあたしにああいう態度を取るのもわからなくはない。まあ、彼女の場合はピントがずれてる気がしなくもないけど。
ちょっとかわいそうに思いながら歩いていると、本宮が「ごめん」と言った。
「ん?」
「あいつ、弓道部の後輩なんだ。……ごめん、気にしないで」
「うん……」
気にはなったけれどさすがに振り向くことは出来なくて、あたしたちは黙ったまま校門を抜けた。