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23:始業式のぎこちなさ

 始業式の日、あたしは夢うつつな気分だった。

 昨夜、本宮にキスされて……そのあと、「付き合ってくれる?」と言われた。あたしは胸がいっぱいでただただ頷くしか出来なくて、あたしの家まで送ってくれた本宮が恥ずかしそうに「じゃあ、明日学校で」と言うのへ「うん」と返事をするので精一杯だった。

 本宮と、付き合う――ずっと、本宮のことが好きだった。なんだか信じられない。もしかして夢だったんじゃないかと思う。

 学校に向かう足取りが重いのは新学期のせいだけじゃなくて、たぶんそれのせいだろう。

「おっはよー結ちゃん、ひっさしぶりー」

 亜矢は、相変わらずだった。それがちょっと救いになって、あたしはいつもどおりの笑顔を浮かべる。

「おはよ。……宿題ちゃんとやった?」

「それがさー、数学が三問わかんないの」

 ちらりと上目遣いで見てくる亜矢に、あたしはすげなく答える。

「写してもいいけど、あたしも数学だめなの知ってるでしょ」

「あーん、じゃあ亮くんか希くんに聞こう〜」

 亜矢の口から本宮の名前がさらりと出て、あたしはどきんとして手が止まる。屈託なく話を続けてくれる亜矢が、今日はちょっとありがたかった。

「あ、これこれ〜、海の家オリジナルお守り! ピンクの恋愛運アップ、お揃いだよっ」

 小さなピンクのお守り袋をふたつ取り出すと、亜矢はひとつをあたしに「ハイ!」と手渡し、もうひとつをかばんから出したケータイに結びつける。

 亜矢のピンクのケータイは幾つものストラップがついていて、じゃらりと音を立てた。もちろん、ピンクパールのストラップもまだ、ついたままだ。

「あ、希くーん、おっはよー!」

 目ざとく亜矢が若原を見つけてそう声をかけると、若原も嬉しそうに片手を上げてそれに答え、早速寄ってくる。

「あーなに、もしかして数学のためにオレ、呼ばれた?」

 亜矢の席に広げられているノートを見て鋭く指摘した若原に、亜矢が「そうなのー」とお願いモードに入る。

「えー亜矢ちゃん、オレがちゃあんと始業式に宿題持ってくるような男に見える?」

「……見えない」

 あたしが横から突っ込むと、若原はニヤッと笑って「ご名答!」とあたしを指差した。

「あーあ、じゃあ亮くん頼みだなあ〜」

 亜矢の独り言に、あたしはどきりとして手が止まる。……本宮、大丈夫かな。

 若原はちょっと考える風に黙ったものの、「そろそろくんじゃね?」と言い残して男子たちの方へ向かっていった。

 「もう!」と膨れている亜矢の横顔を見ながら、あたしは考えていた

 亜矢に……言わないといけない。あたし、本宮と付き合うんだってこと。大事な友達だからこそ、ちゃんと言わないといけない。それはわかっていた。けど。……なかなか、言い出すのって勇気要るなあ。いきなり切り出すのって難しいわ。

 そう考えると、亜矢ってすごい。いつでも真っ先にあたしに言ってくれるものね。

「やっぱりさ、数学は亮くんだよね〜」

 と、亜矢がぱらぱらとノートをめくりながら呟く。

「まあ、うん、そうだね。確かに理数強いよね、本宮」

「ん? 何?」

 亜矢に軽く返事をすると、急に後ろからそう声がかかってあたしはどきりと心臓が跳ねた……と思う。亜矢がニッコリと「あ、亮くんおはよー」と笑うのさえも直視できず、振り返れもせず、ただ固まっていた。

「ああ、おはよう……笹木」

 僅かに躊躇して、本宮は亜矢を苗字で呼んだ。亜矢はまったく気にしていないように、今までどおりに「ねえねえ〜」とノートを開く。

 あたしは、亜矢のノートを一緒に覗き込んでいる本宮の伏せ気味の瞳を見ていた。

 ……大丈夫、なのかな、もう。周りのクラスメートたちは別々の登校とそれから今の「笹木」の一言ですべてを悟ったかのように今までどおりだ。まるで本宮と亜矢が付き合ってた事実なんてないみたいに。

「あーっなるほどね! ここでこの公式使えばいいんだー」

「そ。そうすればすぐ解けるだろ」

「ありがと亮くん! あと二問もこれでバッチリ助かったぁ〜」

 嬉しそうにノートを抱きしめる亜矢に苦笑を残し、自分の席につこうとした本宮がふと目を上げて、あたしを見た。困ったように泳ぎ始める視線に向かって、あたしはやっとの思いで声を出す。

「お……はよ」

「おはよう」

 本宮がちょっと恥ずかしそうに笑いながら挨拶を返し、そしてちょこっとだけ頭を下げた。たぶんあたしにしかわからないくらいに少しだけ。

 その、ほんの少しに本宮の気持ちが込められてる気がして嬉しくなって、あたしはちょっとあったかい気持ちで本宮の後姿を見つめていた。


 始業式、うちの部は部活がない。弓道部は当然のようにあって、それはあたしも元々聞いていたから時に気にせずひとりで昇降口を出る。……亜矢は大学生の彼氏が駅まで迎えに来るからといって超特急で帰っちゃったし。

 結局、思ったとおりで、亜矢はまったく今までどおり。本宮のことは亮くんって呼ぶし、くっついたりべったりしないだけで普通に会話をしていた。本宮は、亜矢のことを苗字で呼ぶようになっただけでさして変わってないように見えた。

 教室では朝の挨拶以降、特に会話もなかったけど……まあ、明日からは毎日会えるし、ね。

「ゆーうっこちゃん」

 振り返る前から声の主はわかってる。あたしは足も止めずに歩きつづけた。

「ゆーこちゃんってば、冷たいなー」

 とんとんっと駆けて来て、若原はひょいとあたしを覗き込んだ。

「なあに?」

「ひとり? オレとお茶しない?」

「……バイトじゃないの?」

「今日は夜から。ヒマなのよ」

「暇つぶし?」

 じろっと睨んで言っても、若原はぜーんぜん堪えた様子もなく、「かもね」と笑う。

「あたし、そんなに暇人じゃないんだけど」

「ま、いーからいーから」

 結局、暖簾に腕押しな感じの若原に根負けして、あたしは駅の裏側にある喫茶店に連れて行かれた。駅を挟んで逆方向にあるせいか、あんまりうちの学校の生徒はいない。

 頼んだアイスコーヒーとクリームソーダが来ると、若原はストローでアイスをつつきながら「そーいやさー」と切り出した。

「亮輔に久々に会ったけど、けっこ元気だった。電話してくれたんだ?」

 その言葉で、本宮が何も言ってないことに気づいたけど……どうしよう。

「うん、まあね。……本宮と連絡とってないの?」

「あいつ、そーゆーコト言わねーもん」

 まあ、確かに……愚痴るタイプじゃないよね。ましてや若原に。

 軽く頷くと、クリームソーダを見つめてた若原が急に顔を上げてあたしを見る。

「あ。今なんかオレのことけなしたでしょ?」

「……心で思ってることにまで言及しないでよね」

「せめて否定しろよ、否定を! あーあ、オレってかわいそう」

 そう言ってテーブルに突っ伏した若原の頭を軽く叩くと、「痛っ! 骨折れた!」とバカな反応が返ってきて、あたしは思わず笑った。その体勢のまま、ちらりと若原があたしを見上げてくる。何か、言いたげな視線。

「なんか、あった?」

「え……うんと……」

 思わず目を逸らして言葉を濁す。どうせわかることだし、相手は若原だし……

 でも、言ってもいいのかどうか……迷う。

「何」

「……付き合って欲しいって、言われた」

 ぶっきらぼうにもう一度催促する若原に、あたしは事実だけを言った。

「誰――亮輔に?」

 予想に反して、若原は驚いてあたしをまじまじと見る。そのまっすぐな視線が痛くて、あたしは目を逸らしたまま「うん」と短く答えた。

 若原は十数秒、たっぷりあたしを見つめて――そして、何度か瞬きをして、視線をゆらゆらと泳がせる。

「でも、だって――いいの? ゆーこちゃん」

 今、若原が言葉にしなかった事実、あたしもわかってる。若原も、たぶんわかってるんだろう。

 本宮はきっとまだ、亜矢のことが好きなんだろう。あたしに、付き合ってくれって言ってくれたのはとっても嬉しいけど――でも、本宮の心にまだ亜矢がいるのを、あたしは知ってる。

 亜矢のことを、今までと同じようにちょっとまぶしそうに見つめる仕草は変わっていない。本宮がまだ亜矢と付き合う前から、その視線は知ってた。本宮の視線の先が、亜矢しかいないことも。……まさか、若原もちゃんとわかってたとは思わなかったけど。

 あたしはちょっと苦笑を漏らしながら、ゆっくりと頷いた。若原はちょっと目を細めてしばらくクリームソーダに集中し、ざくざくと氷をつついていたかと思うと大きく息をつき、「そっか」と呟いた。

「まあ、オレが言えた義理じゃねーけど……なんかあったら言えよ」

「若原に?」

 その気持ちが嬉しかったけど、素直に頷くのがしゃくで、あたしはにやりと笑いを沿えて切り返す。

「オ・レ・に! ったく、天邪鬼め!」

「うわあ、たよりがいありそお」

 ニッコリ笑って言うと、若原がじっとりといやあな目つきでストローをくわえながらぼそりと言った。

「……棒読み」


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