22:重なるのは逢瀬だけ?
コンビニで花火を買って、あたしは約束の公園に向かった。結構な広さのある公園の中では他にも数組の家族連れが同じように花火をしていて、あたしたちは隅のベンチ傍に水を入れた缶を置き、ぽつぽつと他愛ないことを喋りながら花火を消化していった。
本宮は終始いつもどおりで、もし亜矢からのメールがなかったら別れたなんて想像もつかないと思う。ときどき、花火を眺める本宮の横顔を盗み見ては、あたしはちょっと切なくなった。
いつもと変わらないということは、本宮はまだ亜矢が好きなんだろう。そう、本宮が亜矢を本当に好きで大事に思ってたことはたぶん、亜矢の次にあたしが良く知っている。
「……情けないよな」
口数が少なくなったところで、本宮がぽつりと言った。あたしが何か返す言葉を探していると、本宮は笑いを顔中に広げる。
「ああ、紺野が悪いわけじゃないから。ちょっと愚痴、な。聞き流して」
「うん……」
ぱちぱちとはぜる花火が、本宮の頬をオレンジ色に染める。
「青天の霹靂、って、こんな感じなのかも」
「いきなり、だったみたいね」
「ああ」
そっと言葉を挟むと、本宮はいつものペースで返事をする。それが何かを堪えているのかもしくは見栄を張っているのかはわからないけど。
「まあ、しょうがないよな、こういうことはさ。お互いの気持ちの問題だし」
花火が終わると、妙にあたりも暗くなる。あたしが黙って新しい花火を取り出すと、本宮がその先に火をつける。また、あたりが光りだす。
「亜矢、悪い子じゃないんだけどね……」
「うん、わかってる。わかってんだよなあ」
大きな溜息と一緒に、本宮が空を振り仰いだ。もしかして泣きたいのを我慢してるのかな、なんて思いながら、あたしは本宮の顎から頬にかけてのラインを見つめていた。
終わった花火をまとめて処分し、最後に手を洗っているときにあたしはふと、若原のことを思い出した。昼間の電話で若原が言ってたことを。
「そういえば、さ」
「んー?」
本宮がにっこり笑ってあたしを見る。その笑顔がやっぱり……好きだ、と思う。
「わ、若原も心配してたよ。なんか、忙しくてなかなか会えないけど、って」
若原の名前が出ると、本宮はくすっと悪戯っぽく笑う。
「あいつ、なんて言ったと思う? 『オレ、夏休みはバイトとデートで目いっぱい。悪いな亮輔、試練に耐えろよ!』ってさ。ついつい笑っちゃったよ」
若原らしい口調を真似たその台詞に、あたしもついつられて笑う。
「ったく、相変わらずだね、若原は」
「ま、それがないと希じゃないしね」
「いえてる」
顔を見合わせてお互いくすくす笑うと、本宮がうーんと伸びをする。
「あーなんか、久々に笑った感じ。……サンキュな、紺野」
本当に、それがいつもの本宮だったから。だからあたしも、いつもどおりに返したつもりだった。ジョークを。
「いえいえ、お礼はクロスのチーズケーキでいいよ」
「ああ、クロスの旨いよな、俺も好き。……んじゃあご馳走するか」
――え。
あたしがちょっと驚いて本宮を見上げると、本宮は何でもないことのようにん?といった表情で見返してきて、あたしは何も言えずに目を逸らした。
「盆休み中、ヒマなんだ。紺野はいつがいい?」
「え、あ、えっと、あたしもヒマだから……いつでも」
「んじゃあ早速だけど明日は? あー、クロス近くまで出るなら俺、見たい映画もあったんだ。……付き合ってくれる?」
正直、どきんとした。緊張してるのを悟られまいとあたしは出来る限り『いつもどおりの紺野結子』を演じる。うまく笑えるだろうか。
「しょーがないなあ。……高いよ?」
翌日は映画とクロスハウスのチーズケーキ、その翌日はカラオケとラーメン、そしてその次の日はボウリング。タイミングよく本宮とあたしの予定が合って、あたしたちはまるで恋人同士みたいに連日会っていた。
ほどなくお盆休みが終わると部活が始まったけれど、ときどき一緒に帰ったり、夜に会って軽く食事をしたりと何度か会ううちに、本宮から亜矢の話は聞かなくなっていた。
あたしからは聞けなかったし、なによりも本宮と一緒にいられることがあたしには嬉しかったから。まるで彼女みたいに。
夏休み最後の日はコンビニで買ったアイスを食べながら、最初に花火をした公園でぽつぽつと話をしていた。やっぱり花火をしてる家族連れが数組いて、あたしたちは懐かしげに目を細めてその光景を眺めていた。
「あーあ、明日っからやだねー」
「紺野それ、今日四回め」
苦笑しながらツッコミを入れてくる本宮を黙ってジロリと睨むと、小さく肩を竦める。
「俺も、明日から頑張らないとな」
さりげない一言だったけれど、それが何を意味するのかあたしにもわかった。亜矢のことだ。
亜矢はいつも彼氏べったりだから、新学期が始まって亜矢と本宮が別々に登校するだけで皆は察するだろう。次の相手が同じ学校じゃない分、まだあからさまじゃないけど……でも、しばらくは噂になるだろう。
「あの子、ああいう子だから……普通に接すると思うけど」
もし本宮と亜矢が同じクラスでなければ、顔を合わせる機会もほとんどなかったと思うけれど、たぶん教室で顔を合わせれば、亜矢は屈託なく話し掛けると思う。
「ああ、わかってる。大丈夫だよ。――サンキュな」
本宮のお礼の言葉に、あたしはそっと首を振ることで答えた。そんなあたしをちょっと目を細めて見ていた本宮が、ふっと表情を曇らせる。
「ごめんな、俺、情けなくて」
「ううん、そんなことない」
今度はしっかりと首を振って、否定する。
「いろいろ付き合ってくれてサンキュ。――倉橋に、ヘンな風に思われなかった?」
「倉橋、くん?」
唐突にその名前が持ち出されて、あたしはきょとんと鸚鵡返しに繰り返す。
「喧嘩になんなきゃいいんだけど」
「誰と? あたしと、倉橋くんが? ――なんで?」
なんで、と聞いてからはたと思い当たった。もしかして。
「あ、あの、倉橋くんとはそういうんじゃなくて…」
「え……あ、俺、紺野と倉橋は付き合ってるんだとばっかり思ってた……」
あたしの驚きが伝染したかのように、本宮が目を真ん丸くしてそう言うと、前髪をかきあげながら「そうなんだ」と笑った。
その手がそっと、あたしの左手に重ねられる。どきりとして左手を、そして本宮を見る。
重ねられた手に力が込められ、本宮が近づいてきて……そっと、あたしの唇にキスをした。