21:衝撃的、かつ予測の範囲内
部活もお盆休みに入る頃、あたしはそう言えばと思い出した。――最近、亜矢から連絡がない。履歴を確かめてみると……やっぱり登校日に学校で会って以来連絡がない。
亜矢の場合、何かに夢中になってると連絡がないことも多かったけど、本宮と付き合いだしてからは今まで以上にいろんな経過報告をくれるようになってた。たぶん、あたしが本宮のこともよく知ってるからなんだろうけど。
事実、七月の末はよくメールが来てた。デートしただの、ちょっとした喧嘩しただの、新しい服買っただの、そんな他愛もないこと。内容が内容だけにたまに返事しないこともあったけど、あたしと亜矢の間では返信が必ずしも必要じゃないやり取りだったから気にしてなかったけど……よく数えてみれば二週間近く連絡がない。
あたしからぽつぽつ日記っぽいメールを送ってたけど……どうかしたのかな。
そう思ってもう一度、亜矢に近況伺いのメールを入れてみるも……返事なし。まあいいか、どうせ二学期が始まればイヤでも顔合わせるし。
そう、思っていた頃だった。深夜の亜矢の返信に、あたしは気づかなかった。
翌朝、ぴかぴか光るケータイのメールボタンを押して……ぴしりと固まった。
『結ちゃん久しぶりー! 元気? あのねーえ、あたしねーえ……』
いつもの、亜矢の軽いノリで始まるメール。そのあとの一文を、あたしは二分ほど眺めていたと思う。
『あたし、亮くんと別れちゃった』
……確かに、亜矢の恋愛サイクルが短いのは知ってる。それが遊び半分じゃないって事も知ってる。亜矢はいつも真剣に相手を好きになって、付き合って、そして――別れる。その理由は今までのほとんどが。
『他に好きな人が出来たの! 今の彼はね、海の家でバイトしてる大学生♪ 』
そんなこと知ってた。けど、本宮までもこんな風になるなんて。亜矢が悪いわけじゃないのは良く知ってる。けど……けど、こんなの酷い。本宮がどんなに亜矢のことを大事にしてたか――!
メールの返事はしなかった。あたしは部活のないお盆休みをぼんやりと過ごしていた。本宮が今どんな思いでいるのか……あたしには想像さえつかない。それに、亜矢の友達であるあたしが、まさか本宮に連絡をとるわけにいかない。本宮をこれ以上傷つけるわけにいかない。
それでも、どうしているのか気になった。落ち込んでいるのだろうか。少しは立ち直れているのだろうか。あたしが触れるわけにはいかないけれど、出来ることなら少しでも、気持ちを和らげてあげることが出来ればいいのに。
ふと、あたしはケータイを取り上げて電話帳を繰る。わかはらのぞみ。若原なら、知ってるかも。思い切って通話ボタンを押して耳に当てると、何故か心臓がどきんと跳ねた。
『――もしもーし?』
「あ、わ……かはら? あの、あたし」
『おおー、元気してる? あつはなついねえ〜』
どもりがちなあたしの声がちょと掠れた。電話の向こうの若原はいつもどおり、軽い口調で返してくる。
『オレなんてもー、日干しになっちゃいそ。水分がなくなるよ〜』
「あのさ若原、あの……最近、本宮に会った?」
『亮輔? あー、会ってはないねー、オレ忙しくってさ』
若原のちょっとした言い方にヒントを得て、あたしは出来るだけさりげなく訊ねた。
「元気なのかなー。最近電話とか……した?」
ちょっと、沈黙。
『あー、週一くらいで連絡はとってっけど……つーかゆーこちゃん、いきなり亮輔の話かよ〜、オレが元気かどうかとか気になんない? 傷つくなあ〜』
いつもどおりの若原の軽口に、あたしもくすりと笑みを零して言い返す。
「あんたはいつでもお気楽極楽、でしょ。聞くまでもないし」
『酷ぇ! 繊細なオレを捕まえて酷いいいぐさ!』
お互いが電話口で笑い合うと、あたしもちょっといつもの調子を取り戻した。だからごくごく軽く、口に出来たのだ。肝心の要件を。
「いやさ、亜矢が本宮と別れたらしいって話をちょっと聞いてさ。……若原、聞いた?」
『ああ、そーみたいね』
「えっ」
若原が『何それ、マユツバマユツバ!』なんて笑ってくれることを半分予想してた。なのに……さらりと若原は続ける。
『登校日の日に別れたって聞いたけど?』
「本宮から……聞いたの?」
『うん』
瞬きが多くなってるのが自分でもわかった。唇を噛む。
「そっか……」としか、返事が出来ない。電話の向こうは少し沈黙をした後、『でもさー』と喋り始めた。
『オレ、バイトとかその他諸々忙しくて、まだゆっくり話聞いてやれてないんだよね。ゆーこちゃん、ヒマだったら電話入れてやってくれる?』
「え……でもあたし」
『だーいじょーぶ。オレも近いうちに連絡すっからって言っといてねー』
これからバイトに行くから、と言って電話は切れてしまった。
「まったくもう……そんな呑気な場合じゃないでしょーが!」
ぶつぶつ言いながら電話を切ると、あたしは大きく溜息をつく。電話……かけてみても、大丈夫かなあ。どうしよう。
夕方まであたしは迷いに迷って、やっと通話ボタンを押した。呼び出し三回で切ろう、とマイルールを決めて、コール音を数える。
いち、にい……さん。
切ろうと耳からケータイを離しかけたそのときに、ぷつっと音がして、『もしもし』と本宮の声が耳に届く。
『もしもし。――もしもし?』
「あっ、あの、あたし……紺野です」
慌ててケータイを耳に戻すと、言おうと準備していた言葉はすっかり消え失せ、バカみたいにあたしは名乗っていた。……出る前にわかってるはずなのに。
『久しぶり。今、部活盆休み?』
「う、うん、やっと休み。……本宮も、休み?」
『ああ、うち厳しくって、盆休みくらいしか休みないんだ』
練習量が多くて厳しいので有名な弓道部。苦笑しながら答えている様子が手にとるように、わかる。
なんて切り出そう、と考えていると沈黙が続き、ケータイの向こうで本宮がくすっと笑った。
『聞いたんだろ、俺のこと。それ気にして電話くれたの?』
いつものとおり、優しい声。そして続く『ありがとな』の柔らかい響き。
「ううん……ごめん、なんか」
『なんで紺野が謝るんだよ。……まあ、しょうがないよな』
「あたしでよかったら、話、聞くから」
ちょっとの間がそこに挟まれたのは、意外だったから? それとも。
『――正直なとこ、希もなかなかつかまらなくて、さ。ひとりでもやもやしてる』
「力不足、かもしれないけど……聞くだけなら、出来るから」
『サンキュ。そう言ってくれるだけでもありがたいよ』
声に笑いが混ざるのは、本宮が出来る限り軽く話そうとしてるから。それくらい、あたしにもわかる。愚痴を零したとこなんて見たことない本宮が、こんな風に言うなんて今まで一度もなかった。
「――今夜」
『え?』
「今夜、花火しよう?」
あたしがいつになく積極的にそう言えたのは、本宮の意外な面を見たせいだった。