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19/40

19:ごめんなさい

 亜矢との待ち合わせは、待っても苦痛にならない場所ですべし、というのがあたしの持論だ。半々の確率で亜矢は間に合うか大幅に遅れるかのどちらかだから。あたしは大抵、ファストフードかもしくは本屋で亜矢を待つことが多かった。

 今日は、待ち合わせ時間の五分前に亜矢から遅れますメールが入ったので、のんびり喫茶店でロイヤルミルクティー。

 カップの半分まで減ったところで亜矢からまたメールが来て、「あと十分!」だそうだ。くすくす笑いながら返信を打ったあたしが、ケータイを閉じようとしてふと、手を止める。

 倉橋くんからあのあと、メールがいくつか来ていた。ごめんね、と繰り返される謝罪と、電話に出てもらえるか、という内容と。

 若原があんな風に電話を切ってからは、あたしが相当怒ってると思ってるのか電話は無い。あたしにとってはそれがありがたかった。メールはまだ、返事をしていない。なんて返せばいいのかあたし自身もよくわからない。怒ってるわけじゃないし、許せないってほどでもない。でもなんだか、腰が重くなった感じになっちゃってる。電話で話をしたってたぶん、相槌程度しか返せない。

「ごっめーん、なんだか今日は髪がうまくまとまらないの〜」

 亜矢が喫茶店に飛び込んで来ると開口一番にそう言い、あたしの憂鬱な思いを吹っ飛ばす。向かいに座ってメニューも開かずにカフェオレを注文すると、くいっと髪を引っ張ってあたしの方へ身を乗り出す。

「ね、ココがハネちゃってるの。もー切っちゃおうかと思った〜」

「ハイハイ、髪の毛のせいにしなーいの」

「だぁってぇー」

 ぷっと膨れてみせるのも数秒で、亜矢はすぐにバッグをごそごそと何かを探し始めた。

「ねね、お土産買ってきたの!」

 はい、と満面の笑顔で小さな紙袋を渡された。右上に、亜矢の字で『結ちゃん』と書いてある。……ハートマークつきで。

「ありがとう、なあに?」

「開けてみてみて!」

 嬉しそうな亜矢の勧めに従って紙袋を開けると、白い組紐に貝殻とイルカ型の水晶、そして白いパールが幾つかぶら下がっているストラップだった。光を透かして、透明な水晶がきらきらと光る。

「へぇ〜、亜矢にしてはセンスいいね〜」

 発した言葉は半分からかいだったけれど半分は本心だ。亜矢の選ぶものはラブリーで可愛いものが多くて、こんな風にシンプルできれいなのは珍しい。――あ、もしかして。

「本宮と選んだの?」

「そう! ホラホラ、見て〜!」

 やっぱり、とあたしがストラップを見て納得していると、亜矢は次に自分のピンクのケータイを取り出した。じゃらりと幾つかくっついたストラップの中に、それと同じデザインの貝殻とイルカ、そしてピンクパールが見える。

「結ちゃんが白ね。で、あたしがピンク。亮くんがブラックパールなの」

「へぇ〜」

 亜矢とだけじゃなくて、本宮とも色違いってことにあたしはちょっとぎくしゃくと笑った。けれど次の亜矢の台詞で、そんなぎこちなさはすっかり消える。

「でね、これは〜、和馬くんの分! 結ちゃんから渡してくれる?」

 ウィンクつきの悪戯っぽい笑顔で亜矢がもうひとつ、さっきと同じ紙袋をくれる。亜矢の字で書かれた倉橋くんの名前を見て、あたしは一瞬硬直した。

「和馬くんのはね〜、グリーンにしたの!」

 亜矢の屈託の無い笑顔につられるようにあたしも笑って、「そうなんだー」と相槌を打つ。差し出された紙袋を機械的に受け取って、どうしようか迷う。

「それとね、希くんがイエロー。ふふっ、なんかイメージ合ってるでしょ?」

 確かに、倉橋くんの緑と若原の黄色は雰囲気が合ってる……と思う。ついでに言えば亜矢のピンクと本宮の黒も。……っていうことは、あたしの白もそうなのかな。白いイメージ?

「結ちゃんのはねーえ、あたしは赤かオレンジって言ったんだけど、亮くんがね、結ちゃんは白だろうってさ。どお? 気に入ってくれた?」

「うん、ありがとう」

 あたしは早速自分のケータイを取り出してストラップをつける。揺れるパールを亜矢がつまんで、満足そうに笑った。

 その日は結局亜矢の「ブーツ見たい!」に付き合ってあっちこっち見て周り、まだ真夏だって言うのに秋物が並ぶ靴屋で亜矢は結局白いショートブーツを買った。

 そのあとで本屋に亜矢をつき合わせ、好きな作家の最新刊を買って女性誌コーナーの亜矢のところに戻ると、亜矢はコーナーから外れた場所でケータイで話している。にこにこ顔から察すれば、相手は聞かなくてもわかる。本宮だろう。

 亜矢はあたしに気づくと電話口を押さえて訊ねた。

「あのね、今亮くんから電話があってね。希くんとこの下のフロアに来てるんだって! 一緒にお昼食べようって、どう?」

「んー、奢りならいいよ」

「んもう、結ちゃんったら!」

 ピンクパールのストラップを揺らしながら、亜矢がケータイを持ち替えて電話を再開し、上のレストランフロアで待合せをする段取りをつけると、パタンとケータイを閉じた。

 本宮と若原と合流して最近評判のパスタ屋さんで遅めのランチを取ったあと、あたしたちはぶらぶらとショッピングセンターをうろついていた。

 ぶらっと立ち寄ったゲームセンターで、亜矢がお気に入りのぬいぐるみの入ったUFOキャッチャーに夢中になってるのを本宮に任せて端のベンチで休憩していると、若原が「よ」と近づいてくる。あたしの座っているベンチの背にもたれかかるようにして、若原はぼそりとぼやいた。

「あいつら元気だよなー」

「若いんだよ、きっと」

「……オレ、まだ誕生日来てないんだけど?」

 じろっとあたしを睨む若原ににんまり笑って、「気が若いんじゃない?」と返してやると、若原は大げさに溜息をついた。そして何気なくポケットからケータイを取り出すと……若原の、イエローパールが見えた。

「若原、黄色可愛いね」

 手を伸ばして触れる。きんきらきんな黄色じゃなくて落ち着いた色で、若原の雰囲気に合っていた。黒いケータイとのコントラストも悪くない。

「ゆーこちゃんは何色だった?」

「あたし? 白だよー、ほら」

 ダークレッドのケータイに、白いパールが揺れる。若原が自分のケータイをこつんとそれに当てて、「おっそろ〜い」とおどけて見せた。

 そして唐突に、ホントに唐突に、若原が言った。目線は自分のケータイの画面のままで。

「倉橋から、なんか言ってきた?」

 あたしは咄嗟には答えられず、若原を見上げた。端正な横顔の、口許はいつものように笑っている。

「あ……うん、まあ……」

 曖昧な返事と一緒に、あたしは視線を泳がせる。

「何だその返事。しゃっきりする!」

 目が合うと、若原はニッコリ笑う。あたしが笑えてないと、右手でそっと左の頬を包んだ。

「オッケ?」

 たとえばあのとき、倉橋くんにそうされてあたしが感じたのは本宮への自分の思い。どきりとして、そして怖かった。

 でも今若原にそうされて、怖いとは感じなかった。守られているような安心感。それはたぶん、倉橋くんにはあった下心が、若原に無いからだと――あたしは思って、「うん」と小さく笑った。


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